「ヘルパーさん」こと「大木優」の報告②

私は和田さんのお宅から事業所に帰ってきた。

帰ってきてその足で所長室に向かう。


所長室のドアに向かってノックを3回。


「所長いますか?」


「どうぞ~」


「失礼します」


部屋に入ると所長がパソコンとにらめっこしていた。


「今帰りました。報告したいことがあります」


「おかえりなさい。どうだった充君は。元気だった?」


「はい、元気でした。ただ・・・」


「ただ?」


見たままを言うべきだ。あの光景を。


「和田さんの足に新しい『守り人』と思われる生き物がいました」


「は?肩にいたのじゃなくて?」


「はい。肩の緑の子は今日もいましたよ。今日も私に手を振ってくれました!」


「あぁ~なんと言っていいか・・・言葉にならないね。写真はないの?」


「さすがに理由なしで写真は撮れませんよ。目が悪くても音で気づかれますし」


「それもそうか・・・」


「緑の子は可愛かったんですが、足の子にはずっと睨まれてました。たぶん警戒されてたんだと思います」


「そうか。それで足の子はどんな姿をしていたの?」


「肩の子と同じ緑色でカワウソみたいな動物でした。ただサイズは人間の子供ぐらいありました」


所長が上を向いて目頭を押さえている。

あれは所長が困っているときのサインの一つだ。


「分かった。ありがとう。充君に話は通してくれた?」


「はい、大丈夫だそうです。日取りが決まったら電話で連絡してほしいと」


心配なんだろう。顔つきがいつもの所長とは別人みたいだ。


「すぐに連絡するよ。この後にでも」


そうだ。お願いしないと。


「所長、その時に私も一緒に行って良いですか?」


「良いけど、どうして?一緒に来ても出勤扱いにはならないよ?」


「いや見えてないって嘘ついてるのを謝りたくてですね・・・あと『守り人』に触らせてくれないかな~と思いまして」


「ん~分かった。確かに嘘ついたままだと、充君のところで掃除とかやりにくいだろうからね。ただ、『守り人』に触る件はちゃんと許可を取ってからだよ」


「もちろん!わかってますよ。常識じゃないですか」


「どうだか・・・君みたいにかわいいもの好きの人は突拍子もない事しそうで怖いんだよね」


所長の私に対しての評価がひどい。確かに反論しづらいけども。

そういえば。


「ふふっ。そういえば今日の和田さん。とても可愛いことになってたんですよ」


「どういうこと?」


「私がさっき言ってた足の子なんですが、買い物から帰ってきたら腕についてたんですよ。コアラみたいでした」


「へぇ、重くないのかな?」


「どうなんでしょう・・・でも和田さんは重そうにしてなかったですね。左腕にしがみついていた時も私は睨まれてましたけど」


「とても警戒心が強いな。肩の子とは性格が違いすぎる」


別に和田さんに何かするわけじゃないのに・・・

せっかく可愛いのにもったいない。


「掃除のときも和田さんから離れて、私を監視しに来てました」


「そうなの?肩の子は?」


「掃除機に乗って遊んでました」


「落差がすごいな。まぁ普通は警戒するよね」


「でも多分なんですけど、和田さんはあの子たちとコミュニケーションが取れている気がします」


「なんでそう思ったの?」


「一番の理由は昼食の片づけをしていた時に足の子が和田さんの腕を時々叩いていたんですよ。すると和田さんが足の子を触って鎮めていた感じがしました」


「ちょっと理由としては弱いかな~まぁうまくやっているという事は分かったけど」


「所長も直接見てもらえばわかると思いますよ。で、和田さんの家にいつ伺いますか?」


「早いほうが良い。明日とかはどうかな?」


明日か・・・ちょうど休みだから都合がいい。


「ちょうど私も休みなので大丈夫です!」


「じゃ~今、電話かけるか。ちょっとまってね」


所長は電話をかけ始めた。


「充君?久しぶり~所長って言ったらわかるかな?良かった~君の場合は会社名とか出してもわからないと思うからちょっと心配したよ。元気にしてた?」


和田さんの記憶障害はレアケースだというのは聞いている。人の名前を忘れることはあっても名前を呼ばれて理解できないということはあまりないみたい。和田さん曰く「名前の部分は何も聞こえない」ということらしい。

そのため和田さんは自分の名前さえ思い出せないし、人から聞いてもわからない。


そんなことがあるのだろうか?

そもそも名前が聞こえないと言うがヘルパーや所長も名前だと思うんだけど。

和田さんはどう考えているんだろう。早く治ってほしいところだ。


「そうそう。でね明日の13時くらいにお邪魔したいんだけど良いかな?良いの?ありがとう。大木さん・・・じゃなかったヘルパーさんも一緒に行くから。それは本人から聞いてね。うん。そう。」


なんで私が来るのか聞かれたのだろう。私が和田さんの立場だったら私も聞いてる。


「何?お願い?珍しいね。君がお願いがあるなんて。どうしたの?うん。えっ?そんなことで良いの?分かった!」


和田さんがお願い事をするなんて珍しい。今まで所長が和田さんの家に電話するところを何回か見かけたが、お願いなんて一度もなかった」


「数は人数分で良いの?ホールで2つ?食べすぎじゃないの~そう?わかった。良いよ別に。私のおごりで、たまにしか会わないんだからさ~そうそう。こういう時は素直に甘えちゃいなさい」


何をお願いされているんだろう?気になる。


「とびっきりのを買っていくから!じゃあまた明日ね~」


所長が電話を切った。

内容を聞いてもいいのだろうか?あまり詮索すると和田さんが嫌がるのが目に見えている。


「所長、ちょっと嬉しそうですね。内容は聞いてもいいやつですか?」


「えっ?いや、珍しくお願いされたからさ。充君が小さい頃は『来るときはお菓子買って来て!』ってお願いされていたから懐かしくってね。充君、チーズケーキをホールで2つ買って来てほしいって」


チーズケーキをホールで2つ?私たちが来るから、茶菓子をって量じゃないよね。


「それは多いですね。そういえば今日珍しくお菓子の作り方を教えてほしいと言われました」


「お菓子?充君はそんなに甘いもの好きなタイプじゃなかったと思うけど」


「えぇ、私が通い始めて初めてです。レシピを聞いて今日ホットケーキミックスを買って来てもらえばよかったと言ってました」


「じゃあついでにホットケーキミックスも買っていこう。多めにね」


満面の笑みで所長は言う。楽しそうで良かった。最近和田さんと話してなかったから嬉しいだろう。


そこから私たちは集合時間を決めて解散した。

あぁ、明日もあの緑の子に会えるのは楽しみだなぁ~。

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