第13話

 やっぱりやめとけばよかった。

 この一言に尽きる。


 何が起きたか説明しよう。


 私はバターケーキをホットサンドメーカーで作った。それを少しだけタワシにあげようと考えた。

 ちょっとした興味本位だったんだ(言い訳)


 いつも冷凍フルーツを入れるタワシ用の食器にまだ熱いバターケーキをちぎっていれる。

 肩からタワシが降りてテーブルに移動した。


 私は耐熱の食事用手袋でバターケーキ持ち、ゆっくりと食べていた。

 思ったよりも熱いなこれ。


 咀嚼音が聞こえないな。食べるかどうかわからないから、少なめに入れてあげたけど食べないのなら私が食べよう。


 でも久しぶりに作ったバターケーキは美味しい。

 カロリーのことを考えると恐ろしいけど、夕食を抜けば問題ないと信じたい。


 それにしても、口の中の水気がなくなってきたな。

 さっきコーヒー飲んだばかりだけれどもう一杯入れてこよう。


 私はテーブルからキッチンへ移動してコーヒーを入れる。あれからタワシが動いたような音はしない。

 様子を見ているのだろうか?食べ物に関してはタワシは少し慎重なんだよな。


 コーヒーを入れて戻ってくると咀嚼音が聞こえる。

 食べているようだ。良かった。


「イニァー!」


 イスに座った瞬間、タワシの鳴き声を始めて聞いた。

 イマジナリーフレンドって鳴くんだな。気に入ったってところだろうか。

 私はバターケーキを再び食べ始めた。


 するとタワシがケーキを持っている右手の手袋にたぶん乗りかかってきた。

 私はびっくりして硬直した。でも今回は持っているものを落とさなかった。


 バターケーキはともかく液体のコーヒーを床に落とすのはやばい。昨日掃除してもらったばかりなのに。我ながらよくやったとほめてやりたい。


 さて、どうするべきか。

 もしかしてタワシは耐熱用の手袋に噛みついてるか、もしくは掴んでいる?

 手袋をつけている手を振ると何かが左右に大きく動く。


 まだ欲しいということだろうか。

 私は左手でタワシの食器を探す。


 食器を見つけ中を確認すると何もない。やっぱり食べ終わっている。

 たいぶん冷めたバターケーキを右手でちぎって容器の中に入れる。


 するとタワシは手袋から離れた。

 騒がしい音が聞こえる。私も残ったバターケーキを口の中に急いで詰めこむ。

 まずい。口の中の水分が持っていかれた上、とても苦しい。

 だがこれでタワシも諦めがつくだろう。


 コーヒーを少しずつ口の中に含んでいく。

 まだ苦しい。

 テーブルの上から音が聞こえなくなった。

 少しは冷静になったか?ゆっくりと私の体を登ってくる。

 なるほど。冷凍マンゴーの時と同じか。ショックだったんだな。


 でももう材料がないから作れない。残念だったな、タワシ。

 来週ヘルパーさんに覚えていたらお願いしよう。


 それにしてもお腹いっぱいだな。私は絶対に夕食を食べられない。

 タワシは夕食に冷凍フルーツを食べられるのだろうか。

 あいつもそれなりに食べていると思うのだが・・・


 食べ終わったので、片づけを行う。

 とくにホットサンドメーカーは丁寧に。

 片づけ終わったら18時の時報が聞こえてきた。


 やっぱり時間がかかるなぁ。

 あとはお風呂に入るだけだから別にいいけど。


 タワシの夕食はどうしようか?

 一応出してみるか・・・

 テーブルの上にいつも通り冷凍フルーツをおいてみる。

 しかし、タワシは肩から降りて行かない。やっぱりお腹いっぱいなんだろうか。


「食べないのか?食べないのなら片づけるぞ?」


 分かっているとは思えないが、一言声をかけておく。

 タワシに動きはない。

 私は冷凍フルーツを袋に戻して冷凍庫にしまった。タワシも食べすぎたんだよ。


 タワシの食器を片づけて風呂を入り今日はそのまま眠った。

 今日も濃い一日だった。こんな日常が続くのだろうか。


 ただ少し楽しいと思っている自分がいる。

 タワシだったら何か家の物を盗まれる心配もない。それに今のところ私に攻撃することもない。


 その日は疲れていたためとても深い眠りについた。


 次の日。

 私は朝起きてキッチンへ向かい朝ごはんの準備を始めた。

 そうするといつも通り肩にタワシが登ってくる。

 タワシは夜の間、どこに行ってるんだろうか?

 そもそも、どうやって外に行っているのだろか?


 興味があるが、確認しようがない。部屋のどこかで寝ているかもしれないし。

 もしくは、ずっと肩の上にいると運動不足になるから外を走り回っているのかもしれない。


 そんなことを考えていた時、右足に何かしがみついてきた。

 それも足に当たっている感じ、ひざくらいまである。小さい子供に抱き着かれているような気分だ。


 怖い。ナニコレ?顔が引きつる感じがする。

 朝食の準備が止まり、私は顔を上を向け硬直する。


 現在の状況に頭が追い付かない。

「この子」はタワシと同時に現れた。

 もしかしてタワシが連れてきたのか?でもどうやって中に入ってきた?


 タワシぐらいのサイズなら窓の隙間から入ってこれると思うが、足にしがみついている「この子」は無理だろう。でないと泥棒が入りたい放題になってしまう。

 ちゃんと戸締りはやっているはずだ。


 それにしても足が重い・・・


「えぇっと。どうしたの?どうやって入ってきたの、ひとり?」


 ありえないと思うが、足にしがみついている「この子」が人間の子供だと仮定して声をかけてみる。

 返事はない。人間の子供ではないのだろうか。


 この状況で朝食の準備を始められるわけがない。

 ちょっとこれは許容できないよ。

 こんなことならヘルパーさんにちゃんと電話番号を聞いておけばよかった。


 タワシは私の事など気にせず、肩で足踏みし冷凍フルーツを催促してくる。

 お前は本当にぶれないな。羨ましいよ。

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