「ヘルパーさん」こと「大木優」の報告

 私は作業を終え事業所へ帰ってきました。

 そしてその足で所長室へ。


 所長室のドアに向かってノックを3回。


「所長いますか?」


「どうぞ~」


「失礼します」


 部屋の中に入るとたばこの匂いがする。


「所長、たばこは喫煙室で吸ってくださいってみんな言ってるじゃないですか!」


「吸ってないよ~。気のせいだって。大木さんお帰りなさい。どうしたの?」


 絶対嘘だ。

 でも今はそれどころではない。


「所長、これを見てください」


 お昼前に撮った写真を見せる。


「なにこれ?充君じゃない」


 和田充。今日私がヘルパーとして訪問していたお宅の家主。

 記憶障害と視覚障害があり、自分の名前や他の人の名前が分からないし、聞こえないらしい。滅多にないケースと言われている。

 私もかれこれ5年くらいの付き合いになるが、「ヘルパーさん」としか呼ばれたことがない。


「そうです。和田さんです。ですが、見てほしいのは肩の部分です」


「肩?肩に何があるって・・・ナニコレ?」


 そうでしょう。私も驚いた。和田さんの肩にソフトボールくらいの緑色をした丸いイノシシみたいなものが乗っていたのである。


「新手のドッキリか何か?」


「所長・・・そういう冗談を言うから娘さんに嫌われるんですよ。」


「別に嫌われてなんかない・・・。反抗期なだけだよ!ねぇ、なんでうちの職員はそんなに僕に対して当たりが強いの?」


「ご自分でも薄々気づいているでしょう?胸に手を当ててよく考えてください」


「僕の日頃の行いってことね!まぁ、いいや。でも大木さん、これ和田さんは気づいてるの?」


「はい。私に自分の肩に何か居ないか聞いてきました」


「どう答えたの?」


「何も乗ってないと答えました。すみません。混乱して居ないって言ってしまいました」


「それはダメでしょ~。嘘ついたら」


「すみません」


 あの時のことは混乱しすぎてあまり覚えていない。

 でもあの緑色の子はかわいかった。目が合ったら時、手?を私に振ってくれたし。


「じゃ~どうやってこの写真を撮ったの?」


「恥ずかしい話なんですが、私が目が悪くなって最近写真を撮るようにしている的なよく分らない嘘をつきました」


「それで充君は信じたの?」


「はい。和田さんは肩を直接触っていいから確認してほしいと言われたのですが、緑の子を触る勇気がなかったもので。でも見てる分には可愛かったです」


「大木さん、まだ目が悪くなるような年じゃないでしょ。充君とあまり年変わらないんだから。この緑の子、確かにかわいいけどさ。これってたぶんあれでしょ?『守り人』でしょ?」


『守り人』

 3年前に地球上の自然が多い場所に突如として現れたなぞの生物。

 生物かどうかも怪しいらしい。(テレビ情報)

 有名なのはアマゾンで許可なく木の伐採をしていた業者が「守り人」に食べられたという話。

「守り人」は自然を必要以上に破壊するものに対してのみ牙をむくらしい。自然に対して何もしなければ問題ないと言われている。

 ただ、この情報の正しいのかどうかも怪しいものだ。

 そもそも人ではないのに『守り人』って誰が名前をつけたのだろう。


「私も本物を見た事がないのでたぶんですけど・・・。でも所長、『守り人』ってテレビでは人が大嫌いで用がなければ人前には絶対に出てこないって言ってませんでしたっけ?」


「テレビの言うことなんてあてにはならんよ。でも確か見かけたら国に報告しなければいけなかったはずだ。だがそれは避けたい」


「和田さんのためですか?」


「そうだ。充君は家に他人が来ることに対して嫌悪感を抱いている。もしも『守り人』がいると分かったら研究者や国の役人、野次馬が家の周りに集まることが目に見えている」


「確かに。和田さんのストレスの原因になるようなことはしたくないですね」


「あとあの場所に『守り人』がいると分かったら、また近所から土地を売ってほしいと言われる可能性がある。『守り人』がいる土地は珍しい資源があるかもしれないと噂されているからね。でも充君と近所の関係は最悪だ」


 和田さんは退院してすぐにご近所から土地を売ってほしいと言われたことがある。

 ソーラーパネルを設置するつもりだったらしい。

 それだけならよかったのだが、その時にご近所さんから言われたことにかなり腹を立てていたと聞いている。


「施設に入れって言われたんでしたっけ?」


「そう。どうせ1人では何もできないんだからとか言いたい放題に言われていたね。同席した私も殴ってやろうかと思ったぐらいだ」


「はぁ~。それで怒らないって方が無理な話ですよ。馬鹿にしてる」


「充君もご近所の奴らにも二度と来るなと言っていたよ。ただでさえ退院してあの家の環境に慣れなければいけない大変な時期に変なことを言われて他人を完全に寄せ付けなくなったんだよ」


「和田さん。大抵のことは一人でやられているのに。私の担当している方の中で一番手がかからない人ですよ」


 そう和田さんは掃除と買い物以外は実際1人でおこなっている。

 それに恐らくだが掃除もトイレとお風呂は自分で掃除をやっている。

 私が掃除するときはあまり汚れていないからだ。


 かなり自分で工夫して生活されていることが部屋を見ればわかる。

 部屋の要所には凹凸シールなどの目印がつけられ、室内はとてもきれいに収納されている。

 床に虫の死骸が多いのは家の周りに自然が多いから仕方ないだろう。


 買い物に関しては、さすがにあの場所に住んでいたら車を持っていないと目が良くても難しいんじゃないかな。


「どうするんですか?所長」


「私としては秘密にしておきたい。今のところ充君にも害はなさそうだし。大木さんも黙っててくれるかい。強制はしないけど」


 所長は和田さんの両親と小中高一緒で仲が良かったらしい。

 守ってあげたいんだろうな。


「別に報告しなかったからといって罰則はなかったですよね?」


「ないと思う。確認しておくよ」


「お願いします。なければ私は黙っておきます。それにとても可愛かったんですよ!あの緑の子。掃除機の上に乗って飛び跳ねてました!」


「そうか~やっぱり気になるね。何か理由をつけて近いうちに訪問してみようかな?僕も見てみたいし。充君は嫌がるだろうけど」


「来週行ったときに伝えときますよ」


「じゃ~お願いね」


 次の日、所長に呼び出された。

 報告するのは努力義務のため罰則はないらしい。

 和田さんの家にいる『守り人』に関しては黙っておくことが決まった。

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