第9話

 私がステーキを食べて生姜焼きを食べ終わる頃には「何か」が肩に戻っていた。


 やはり帰ってきたか。

 何をしていたかは知らないが、今は気分がいいからそんなことはどうでもいい。


 ヘルパーさんにお願いして火を消してもらう。

 私は鉄板などを縁側の横にある水道に持っていき洗っていく。

 最後にヘルパーさんに確認してもらい、洗い残しがないようにして縁側で乾かしていく。

 乾くのに時間がかかるから片づけるのは明日になるだろう。


 洗い物を行っている最中、私とヘルパーさんの間では会話はない。

 私がヘルパーさんを契約するときに希望したことは1つだけ。

 業務に関する会話以外を行わないこと。要するに世間話はしない。


 今のヘルパーさんは3人目だが、とても気を使ってくれる。

 迷惑な利用客だと自覚しているが、唯一の楽しみの時間を邪魔されたくない。

 本当に申し訳ない。


 でも今日はいつもの3倍はしゃべった気がする。

 とても疲れた。


 ヘルパーさんの作業が終わり、最後に来週の確認を玄関で行って終了だ。


「今日もありがとうございました。来週もいつも通りでお願いします。」


「わかりました。あの・・・生活していて何か気になったことがあったらすぐに事業所に連絡してくださいね。最近、所長と会われましたか?」


「そういえば最近は所長さんと会っていませんね」


「所長も電話で声を聴くだけでも安心すると思いますから、用事がなくてもいいんで電話してあげてください。」


「わかりました。そうします」


 そう言ったものの私は事業所の電話番号を知らない。

 そもそも私はスマホをもっていない。電話は家にある固定電話のみである。

 私が家のことを一通り自分でやるので電話をかけることもできると思われているのだろう。


 たしかに電話をかけることはできるが番号を知らないからかけることはできない。

 だが、ここでそれを言うと長引きそうだから放置する。


「・・・・では、失礼します」


 そういってから少しして玄関からヘルパーさんは出て行った。

 今の間は何だ?

 10秒もなかったが歩き出す音が聞こえるまでに時間があった。


 気になるが答えは出ない。


 それよりも「何か」だ。現実と向き合おう。

 これからどう対応していこうか。


 そういえば・・・


 私は今まで頑なに「何か」にやらなかったことを実行することにした。

 そう、自分から触りにいくことである。


「何か」から触られたことがあっても自分から触ることはなかった。

 何の生物かわからないからというのもあるが、いちばんの理由は噛みつかれる可能性もあるからである。

 だがイマジナリーフレンドなら噛まれても問題ないだろう。


「ふぅ~」と息を吐き左手で右肩にいる「何か」を触ろうとする。

 逃げるかと思ったが普通に触ることができた。

 朝と同じでとても冷たくザリザリする。たわしを触っているような感じだ。


「何か」はされるがままに触られていた。

 これをヘルパーさんは見えなかったのか?

 ソフトボールぐらいの大きさがあると思うのだけれど。


 次に私は左手で捕まえて右手の手のひらに載せられないか考えた。


 左手で鷲掴みにしようと力を入れた瞬間、逃げ出して左肩に移動した。

 左肩へ逃げるんだな。そのまま肩から降りてくれていいのに。


 でもこれで分かった。触れる以上、私は存在を否定できない。

 それに今朝も冷凍マンゴー食べてたし。


 他の誰かに確認してほしいけれど私には友達がいない。

 困ったなぁ。


 玄関から縁側に移動して簡単な作業を行う。

 今日使用した折り畳みイスなどは明日片づけるので、わかりやすいように今のうちに分別しておく。少しでも明日が楽になるように。


 そういえば、まだ蛇の頭は転がっているのだろうか?

 明日の片づけ最中に間違えて踏みたくはない。

 蛇の頭は切り刻まれている様な感じがするとヘルパーさんは言っていたが何の動物がやったんだろう。

 物騒な動物もいたもんだ。


 夕方になったがお腹は減っていない。お昼にあれだけ食べたんだ。それもそうだろう。

 いつもなら夕食を抜くのだが、「何か」は許してくれないと思う。


 それに「何か」には大切なことを教えなければならない。


 夕食時、私はテーブルの上に毎朝私が食べている冷凍フルーツの袋を全て並べた。

「何か」は興奮状態。これは予想通り。

 1つずつ冷凍フルーツの袋を触っていく。


 果たしてこれが伝わっているのだろうか?

 そもそも本当に存在しているのかもわからないものだ。

 今まであんなに嫌悪していたが、実際に存在していないのならそれは少し面白そうだ。


「いいかい、この順番で冷凍フルーツは出していくから。明日の朝、冷凍マンゴーが出なくても文句は言わないでよ」


「何か」にそう言った後、私は食べていく順番に冷凍フルーツの袋をしばらく触っていった。

 すべて触り終わったらまた初めから同じ順番で触っていく。


 すると「何か」は触った袋の上に乗るようになった。私が触るとその袋に乗る。

 それをしばらく繰り返した。

 遊んでもらっていると勘違いしているのかもしれない。


 正直これで「何か」伝わったとは思わないが、私の気は済んだ。

 今晩は冷凍マンゴーにしてやろう。

 もう今日は疲れた。あとは明日の自分にまかせるとしよう。


 出していた冷凍フルーツの袋を冷凍庫に片づける。

 そのあとにキッチンで冷凍マンゴーを2食分準備し、テーブルに向かった。

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