第8話

 ヘルパーさんが車で出かけて行った。


 私は玄関で「何か」について考える。

 ヘルパーさんは見えないと言っていた。そうなるとこれは何なのか?

 1人暮らしが寂しくてイマジナリーフレンドを作ってしまったんだろうのか・・・


 でも「何か」は朝晩に冷凍フルーツを食べている。

 これはどうやって説明すればいい?

 まさか「何か」が食べていると私は思っているが実は自分で食べていたのだろうか。

 でもさっき私の顔を触ってきたぞ。


 考えれば考えるほど分からなくなる。


 いやいやいや、ちょっと待て。

 今はヘルパーさんが帰ってくるまでにお昼の準備をしなければ。

「何か」については良く分かっていないが、今はお昼ご飯だ!

 私のこの楽しみを邪魔されたくない。

 ただでさえヘルパーさんがいてくれる時間は短いのだから。


 私は縁側に移動して折り畳みのイスやテーブルを広げて準備を始める。

 イスの前に焚火台を置く。小さい頃から使っている焚火台。亡くなった父の作品だ。

 1人用で不必要になった灯油缶を改良して作ってくれたものだ。


 目が悪くなる前から使っているので形が分かっている。なのでとても使いやすい。

 中に炭を入れて燃えやすくするため割りばしを削っていれる。

 ケガ、やけど防止に手袋をつけて行うので少しやりにくい。削るのに時間がかかる。


 いつもならここまで準備をするとヘルパーさんが帰ってくる頃合いだ。

 帰ってきたら火をつけてもらおう。


「何か」が右肩と左肩を行き来している。

 私が何をしているか興味があるのだろうか。


 今は「何か」のことは考えないようにする。昼ご飯に集中!


 玄関の方から車の音がする。

 ヘルパーさんが帰ってきたみたいだ。


 折り畳みのイスに座って割りばしを削りながらヘルパーさんを待つ。

 砂利道を通る足音が聞こえる。


 ガチャンと何か落ちる音と悲鳴が聞こえた。

 何かあったのだろうか?私はイスから立ち上がる。


「ヘルパーさん、大丈夫ですか?怪我はないですか?」


「すみません!地面に蛇の頭が落ちていて驚いて荷物を落としてしまいました。袋に入っている商品に何かあったら弁償しますので」


「大丈夫です、気にしないでください。多少商品が傷んでも問題ないです。食べる分には問題ないでしょうから。でも蛇ですか?」


「えぇ、足元を見た瞬間に蛇の頭が落ちていて。完全に不意打ちで驚いてしまって荷物を落としてしまいました。だれがこんな酷いことを」


 それなりに長い付き合いだが、ここまで動揺しているヘルパーさんは初めてだ。

 そもそも蛇が得意な女性は少ないだろうし。

 私も爬虫類は苦手だからその気持ちは良く分かる。蛇の頭が落ちていたらびっくりするだろう。


「でもヘルパーさんが無事でよかったです。では、申し訳ないのですが火をつけてもらっても良いですか?」


「え?えぇ、わかりました。」


 火をつけてもらい買ってきてもらった金額を聞く。そして電子マネーのカード残高を聞いた。

 そのあとはいつも通り私は昼食の準備をしてヘルパーさんには掃除をお願いする。


 私は買って来てもらった豚バラ肉を適当に切り分け、昨日準備した生姜焼きのたれと玉ねぎが入っている袋の中に入れて漬けた。


 火がついた焚火台の上に鉄板を置き、塩コショウした牛ステーキを焼く。

 なぜだろう。肩の「何か」が右に左に忙しそうだ。


 絶対にこれはやらんぞ。

 パックご飯を温めるために家の中に入っていく。

 家の中では掃除機の音が聞こえる。


 すると「何か」が肩から降りて行った。

 どうしたのだろう。嫌な予感がする。

 少しして掃除機の音が止まる。念のためヘルパーさんに声をかける。


「掃除で何か問題はありませんか?」


「いいえ、問題ないですよ~。でも先週私が来てから誰か家に来られましたか?」


 なぜそんなことを聞いてくるのだろうか。


「いいえ、誰も来てませんが」


「そうですか。畳の上に虫がほとんどいないので、誰か来て掃除してくれたのかと思っちゃいました。」


「たまたまじゃないですかね?最近は虫を踏んだ感覚もなかったのであまり虫がでてないのかもしれません。特に問題なかったらよかったです」


 電子レンジでご飯を温めて縁側に戻る。

 少し焦げた匂いがする。ヘルパーさんと話していたから少し時間がかかりすぎたみたいだ。

 耐熱用の手袋で肉を触りながら裏返す。熱いがとても楽しい。

 普通はトングとかで肉をひっくり返すのだろうが、私がやると鉄板から肉を落としかねない。

 考えた結果、耐熱の手袋を使用するようにした。

 これがとてもやりやすい。


 はじめは軍手を使っていたが一度燃えてしまったので使うのをやめた。

 あの時のヘルパーさんの悲鳴は今でも覚えている。


 ステーキを裏返してから少し焼いた後、お椀に肉を移す。

 鉄板が空いたのでそのまま続けて漬けておいたショウガ焼きの肉を焼き始める。


 まだ肩の上に「何か」は戻ってきていない。

 どこに行ったか知らないが、私はこのステーキを美味しくいただこう。


 切り分けることもせずにそのままかぶりついた。

 行儀が悪いのは分かっているがとても幸せだ。


 目の前で焼いている生姜焼きが焦げ臭くなってきた。

 早く食べて次のお楽しみにいくとしよう。

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