第5話

 冷凍庫の確認が終わり、気づいたらお昼になっていた。

 お昼ご飯を食べ、食後にコーヒーとチョコも食べる。

 至福の時間だ。


「何か」は昼ご飯には特に何もしてこない。

 まだお腹いっぱいなんだろうか?

 あまり体が大きいとは思えないから燃費は良いのだろう。


 そもそも今のところ果物以外を食べない。

 食事のたびに何かされるよりかはマシだが、食事中も常に肩で待機されるとこっちは落ち着かない。私の生活を監視されているみたいだ。


 まぁ気にしてもしょうがないか。明日までの付き合いだし。


 それよりも明日の準備を楽しもう。

 午前中に買い物リストをボイスレコーダーに録音し終わった後は本日のお楽しみ。

 明日の昼食の準備だ。


 私はヘルパーさんが来てくれる日は縁側で食事をする。肉や魚を焚火台で火を使って焼いて食べるようにしている。簡単なキャンプ飯を作っている気分になる。

 それに週で唯一、ヘルパーさんが来る日は火が使える日である。


 弱視になってからは怖くて火が使えない。

 昔なら火が使えないと1人暮らしができなかったかもしれない(個人談)

 しかし、ありがたい事に科学が発達している今なら電気さえあれば何でもできる。


 もちろん、電気を使う場合でもそれなりに危険ある。

 しかし火を使うよりはかなりマシだと思う。


 だからヘルパーさんがいる間は火の使用OKにした。ヘルパーさんの事業所にも確認済み。

 明日は火を使って好きなものを食べるようにしている。

 これが今の人生で私の唯一の楽しみ。(しかも炭火で!)


 お肉は当日買って来てもらうとして、とりあえず玉ねぎを切っておこう。

 玉ねぎは何にでも合う万能野菜だからな。

 ビニール袋に切った玉ねぎを入れる。

 その中に生姜焼きのたれもいれて玉ねぎだけ漬けておいて冷蔵庫の中に入れて冷やしておけば一つは準備完了。

 あぁ、あとはレトルトご飯も電子レンジの近くに置いておけばOK!


 最後に鉄板などの道具を倉庫から縁側に移動させておく。

 これが地味に時間がかかる。ゆっくりとやっていこう。


 食べるときも幸せだけど、事前準備するときも楽しい。

 これをやっているときは生きてる実感があるんだよなぁ。


 普段からもっと何か積極的にやれば済む話なんだろうが、何をすればいいのかわからない・・・

 何かやりたいことを見つけないとな。


「何か」の存在を忘れて気分よく準備をしていると「何か」が肩から降りて行った。

 この5日間、日中で肩から降りるのは初めてかもしれない。とうとうこの場所にも飽きたのかな。うれしい限りだ。


 そう思っていたら5分もしないうちに戻ってきた。早すぎだろう。

 トイレでもいったのかな?

 お願いだから家の中ではやめてくれよ。


 ただでさえ家の中は虫の死骸であふれているのだから。

 私が住んでいるような山奥の田舎だと、虫とは切っても切れない関係にある。


 事実、冬を除いて畳の上では虫が自由気ままに闊歩している。

 私の家はただでさえ古い家だ。築何年かわからない。隙間だって空き放題だろう。

 目が見えていた頃は「ちりとり」を使って虫を取り除いて外に捨てていた。


 しかし、現在では普通に気づかずに踏んでしまう。

 病院から帰ってきた時はこれが嫌で嫌でしょうがなかった。

 踏んでしまった時の感覚や音は慣れるものではないと思っていた。

 だが虫対策として室内でも靴を履くようになり、気づけば踏んづけてしまうことも気にならなくなっていた。畳は汚れるが・・・


 慣れって怖いよね。


 そういえばここ数日、虫を踏んだような音を聞いた記憶や踏みつけた感覚がない。この季節は特に虫とカエルの鳴き声は必須だというのに。

 考えてみれば両方ともないかもしれない。


 まぁまだ6月に入ったばかりだし、これからか。

「何か」が肩にいたせいでそれどころではなかったのだろう。気にしすぎかもしれない。


 どんどん思考が脱線している気がする。

 今は明日のことだ。


 気が付いたら18時の時報が聞こえる。

 今日はこれまでだな。


 キッチンへ移動し晩御飯の準備を行う。

「何か」のウォーミングアップが始まる。いつもより激しい感じがするな。

 もしかしたら、マンゴーをねだっているのかもしれない。


 しかしそうはいかない。お前さんは今日もブルーベリーだ!

 テーブルの上に「何か」用のブルーベリーが入った容器を置いて私は電子レンジで温めた冷凍弁当を食べ始める。


「何か」が食べ始めない。気に入らないのか?

 テーブルの上で足踏みの音がする。これは気に入らないというアピールだろう。

 私はキッチンへブルーベリーが入った容器をもっていき、流しの中においてテーブルに戻った。


 そもそも私が「何か」に餌をやる必要がない。癇癪に付き合う気もない。

 腹が立つのはこっちの方だ。

「何か」を気にせず夕食を引き続き食べ始めると流しから音が聞こえる。


 あっちへ移動したのか。そして結局食べるのか。

 まるで子供の相手をしてるみたいだ。食べ終わったのか流しから肩に戻ってきた。

 戻ってこなくていいのに。だが肩に登ってくる力が弱い。

 心なしか元気がない気がする。


 私も食べ終わったのでキッチンへ移動し片づけを始める。

 なぜか気分が晴れない。なんだろう、この罪悪感。

 この何とも言えない感情をどこにぶつけるべきなんだろうか。

 考えても答えはでない。


 はぁ、しかたない。

 明日の朝は冷凍マンゴーにしてやるか。

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