3.一期一会
「なんで……そこまでしてくれるの?」
「一期一会って言うだろ。お前と会えたのもなんかの縁だ。兄と継承権争いをして、殺されかけたオレみてえになって欲しくないしな」
「お兄さん、貴族? それとも王族とか?」
「元貴族さ。今は平民の冒険者だ。オレは故郷で死んだ事になってるんだ。秘密だぞ。オレは貴族嫌いのSランク冒険者なんだから」
「……う、うん。分かった。けど、初対面で大切な秘密を教えて良かったの?」
「良いんだよ。坊主だって誰にも言えねえ悩みをオレに打ち明けただろ。おあいこだ」
歯を見せてニカっと笑う男の笑みに、シルビアの心はときめいた。
「坊主、顔赤いぜ。さみぃしな。風邪引いちまったか?」
シルビアのおでこに手を当てようとした男の手を、シルビアはサッと振り払った。
「大丈夫……」
冒険者の男の顔が、パッと明るくなった。男は早口でシルビアを褒め始める。
「坊主すげえな! オレの手を振り払った時の動き! すげえ良いぜ!」
「……本当? 最近は訓練してないんだけど……こっそり基礎トレーニングだけ……」
「それでこれか! すっげえな! お前、ちゃんとトレーニングしたらめちゃくちゃ強くなるぜ! 兄貴と話をしたら、明日の夜またここに来い! オレが鍛えてやるよ!」
「本気で言ってる?」
「ああ、本気だ。お前、強くなりたいだろ?」
ニヤリと笑う男の目を見ていると、何もかも喋ってしまいたくなる。必死で抗いながら、シルビアは男を睨んだ。
「なんで分かる」
「違う違う、そうじゃねえ! さっき教えたろ、そういう時は黙って笑え! もっかいな! お前、強くなりたいだろ?」
シルビアは男の言う通り、黙って不敵に笑ってみせた。
「うめえな! お前、やるなぁ! 敵が味方か分からねぇ奴や、油断できねえ奴の前ではこのテクが使える。けどな、味方の前ではちゃんと本音を言えよ。でねぇと、誰が味方か分からなくなっちまう」
「……裏切られたら?」
「人の見る目がなかった自分を反省するしかねぇな」
「無茶苦茶だよ! そんなんで済むわけないでしょ!」
「そんくらいで良いんだよ。お前はまだ若いんだから。経験を積めば、自然と分かるようになる。こればっかりは教えてもらってできるようになるモンじゃねぇ。お前、結構人を見る目はあると思うぜ」
「……本当に?」
「ああ、Sランク冒険者のオレを味方にしたんだ。もっと自信を持て!」
「なんだよそれ! 根拠にならないよ!」
「なるなる。オレはこう見えて人を見る目はあるんだ。お前は良い奴で、きっと強くなる。人を見る目もある! 間違いねぇ!」
「適当すぎるでしょ!」
軽口を叩く男に噛みつきながら、シルビアの心は次第に晴れていった。
「ようやく笑ったな。ガキは笑ってるのが一番だ」
「お兄さんだって、まだ子どもじゃないか」
「冒険者登録ができて、ランクもこんだけ上がってんだ。年は若くても子どもじゃねぇよ」
男が腕をまくると、美しい腕輪が現れた。それは、一流冒険者の証。Sランク冒険者の証明書は腕輪になっており、登録された冒険者が身に付けるとうっすらと光る。なりすましを防止する為だ。登録者以外の者がが身に付けても光らず、すぐに冒険者ギルドに連絡がいく。
万が一盗難にあったり、紛失したりした場合も万全のセキュリティが備えられており、登録者が24時間触れないと腕輪は跡形もなく消える。消えてしまえば、冒険者ギルドで再発行が可能だ。
美しい腕輪だが、金銭的な価値は皆無。盗んでも消えると知れ渡ってからは、冒険者証を盗もうとする者達は少なくなった。
あまり年の変わらない男が一人前の冒険者として堂々と大人達と渡り合っている。Sランクになる為にどれだけの仕事をこなしたのだろう。そう思った瞬間、ノープランで家出した自分が恥ずかしくなったシルビアは下を向いたまま小さな声で呟いた。
「……家に帰る。お兄様と話すよ。だから……また会ってくれる?」
「おう。明後日にはこの国を出るけど、明日までは暇だ。ここで待ってる」
「すぐお兄様と話せなきゃ、二度と貴方に会えないのか」
「賢いねぇ。そういうことだ。またオレと会いたいなら、頑張って来いよお坊ちゃん」
「待ってろよ。絶対、明日まで待ってろよ!」
シルビアは大声で叫んで、夜が明ける前に自分の部屋に戻った。急いでドレスに着替え終わると、顔色が真っ青になっている兄が部屋を訪ねて来た。
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