2.ワイバーンVS冒険者

シルビアが叫び声を上げる前に、ワイバーンは進路を変えた。


呆然としているシルビアの目の前に、ひとりの男が現れたからだ。男は顔にぼろ布を巻いていた。


「坊主、この辺は危険だぜ。散歩は昼間にしとけ」


「ご、ごめんなさい!」


「お、ちゃんと返事できたな。偉い、偉い。ちょっとおとなしくしてろよ。あの空飛ぶトカゲ、すぐ倒しちまうから」


それからは、あっという間だった。


大きな剣を操る冒険者の男は、楽しそうにワイバーンと戦っていた。

顔の布が外れ、素顔が露になる。


男は兄と変わらないくらいの年齢だった。身体にたくさんある傷は、激戦を戦い抜いた証。


楽しそうに笑いながら戦う男はとても美しく、シルビアは戦いを夢中で眺め続けた。


「……凄い……凄い……」


感嘆の言葉しか出てこない。訓練とは違う本物の戦いにシルビアは魅了された。


「うぉ! やっぱ強えなワイバーンは!」


ワイバーンに攻撃されてピンチなのに、男は楽しそうに笑う。

男の流す汗が、月明かりに照らされて真珠のように輝いていた。


「そろそろ終わりにしようぜトカゲちゃんよぉ!」


男が剣を振り下ろすと、ワイバーンの首が落とされた。


「おっと、落ちる前に周りを確認しねぇとな」


男は風魔法を使い、ワイバーンの落下速度を落とした。


「悪いな。ちょーとどいてくれねぇか?」


森で寝ていた動物達を、そっと移動させる。先ほどまでの凶悪な笑みはどこかに消えて、優しい笑みを浮かべる男に、シルビアの鼓動が早くなる。


「おーい坊主、降りられるか?」


「は、はい!」


「悪い、ちょっと待っていてくれ」


シルビアを女性と認識していない冒険者の男は、シルビアの目の前で服を脱ぎ、水魔法で身体を洗い始めた。洗浄したワイバーンをマジックバックに入れた男は、服を着ながらシルビアに水筒を差し出した。


「喉乾いたろ? 果実水だ。坊ちゃんの口に合うか分からねえけど、水分を取ったほうがいい。汗びっしょりだぞ」


「……あ、ありがとう……ございます……」


恐る恐る口にした果実水は、今まで飲んだどんな飲み物よりも美味しかった。


「……美味しい……」


「そうか、良かった。家はどこだ? 送ってやるよ」


「……い、いえ……大丈夫です……」


「家出か?」


確信を突かれ、シルビアの身体が強張った。百戦錬磨の冒険者は、シルビアの異変を見逃さなかった。


「お前、いいとこの坊ちゃんだろ? 服を見りゃ分かる。伯爵家以上の高位貴族だよな?」


「……なんで……」


「ははっ、まだまだ子どもだな。図星を突かれてそんな事言っちまったら、正しいですって認めてるようなモンだ」


「……う……」


「そういう時は、笑え。都合良く相手が誤解してくれるように、否定せず、肯定もせず笑え。堂々と笑ってりゃ、相手はお前の都合の良いように誤解してくれる」


「……都合が悪い誤解をしたら、どうするのさ」


必死で言葉遣いを直しながら、シルビアは聞いた。


「そん時は誤解を解けば良い」


「そんな簡単にいくもんか」


「坊主、お前には味方がいるか?」


味方と言われて真っ先に浮かんだのは、優しく微笑む兄の姿だった。


「……お兄様……」


「なんだお前、兄ちゃんいるのか。なら簡単だ。兄ちゃんに助けてもらえよ。きっと今頃心配してる。帰ろうぜ」


「……無理だ……私の存在は……お兄様を苦しめる……」


ポツリポツリと、シルビアは自身の境遇を話した。誰にも言えなかった気持ちを素直に口にできたのは、恐怖から救ってくれた男を信じたからではなく、苦しさを抱えきれなくなったからだ。


男は黙って、シルビアを話を聞いてくれた。


「武術と魔法が優秀な弟かぁー。貴族だとややこしい事になるわなぁ。けどよ、話を聞く限り、お前の兄貴はお前が好きだぜ」


「嘘だ……! いつもお兄様は苦しそうで……!」


「そりゃまぁ、弟が優秀なら複雑な気持ちにはなるだろ。兄だってプライドあるんだしさ。けどさ、お前の兄貴はお前を攻撃したりしねえんだろ?」


「そんなの、ない! いつも優しいよ!」


「お前が嫌いなら一切関わらねぇよ。お前が優秀だって騒ぐのはどーせ周りだろ?」


「……うん……」


「お前は、兄を押し退けて家を継ぐつもりがあるのか?」


「そんな気持ち、ない」


「まず、それをちゃんと兄貴に言え。話はそこからだ。さっさと言わねえと、周りが勝手に動き出すぞ。そうなったらもう終わりだ。お前はまだ、間に合う。ちゃんと兄貴と話せ。怖えなら、オレが付き合ってやる」

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