1.王女シルビア

シルビア・フォン・カワードは優秀な王女だ。


必要な教育が終われば、好きなことを学ばせたい。早くに母を亡くした娘を慮った父の配慮により、シルビアは好きな事をたくさん学ぶことが許された。


彼女が最初に興味を持ったのは、武術だ。


騎士団の訓練を見学するうちに、兄と共に身体を動かすようになった。姫が騎士と訓練をするなんて野蛮だという声も上がったが、王の命令もありシルビアの行動は咎められなかった。


無邪気に身体を動かすシルビアを、騎士達は可愛がった。


だがある時、シルビアは気付いた。


シルビアが訓練に参加すると、3つ上の優しい兄フィリップの顔が強張るようになったのだ。


シルビアは武術の適性があり、どんどん技術を吸収していった。体力もあり、騎士達の訓練についていける。


兄も充分強いが、シルビアの方が強い。


騎士達は口には出さないがシルビアが厳しい訓練に加わっても何も言わなくなった。フィリップが訓練に参加する時はさりげなくフォローしようとする騎士達だが、シルビアはほったらかしだ。


それが、シルビアの強さを認めたからだと賢い王子は気付いてしまった。


フィリップは公務をするようになると次第にシルビアと会わなくなった。シルビアが訓練に参加していると、フィリップは参加しない。


兄と会える時間が減って寂しく思っていたシルビアは、ある日城の廊下で嫌な噂話を聞いた。


難しい言葉は分からなかったが、シルビアを褒めて、兄を情けないと貶しているように聞こえた。その日から、シルビアは優しい兄の顔を真っ直ぐ見れなくなった。


自分が訓練をしているからだと気付いたシルビアは、なんだかんだと言い訳して訓練に参加するのをやめた。ひっそりとひとりで身体を鍛えるようになった。


兄は訓練への参加を再開し、どんどん強くなっていると聞いた。兄の評判が良くなると、シルビアはホッとした。


武術を諦めたシルビアが次に興味を持ったのは、魔法だった。


きっかけは、やはり兄のフィリップだった。


フィリップは優秀な魔法使いで、精霊達と仲良しだった。精霊が見えるのは魔力が高い者だけ。シルビアにはぼんやりとしか見えない精霊達は、フィリップの周りにたくさん飛び交っている。


シルビアは兄の真似をして、魔法の訓練をした。


シルビアは、魔法にも適正があった。


あっという間に魔力が増えて、精霊が綺麗に見えるようになり、話せるようになった。多くの魔法を習得した。


シルビアは攻撃魔法が得意だった。


12歳を過ぎた頃には、シルビアの攻撃魔法は城すら破壊する。宮廷魔術師たちも敵わない。そう言われるようになった。フィリップも優秀な魔法の使い手だが、補助魔法が得意で強力な攻撃魔法は使えなかった。


兄は穏やかに笑って凄いとシルビアを褒めた。だけどシルビアの目から見ると、兄の笑顔は苦しそうに見えた。


ただ学びたいだけなのに。王族として、父や兄の役に立ちたいだけなのに。


王位を継ぐのは強いシルビアが良いと媚を売る貴族に耳打ちされたシルビアは、どうして良いか分からなくなった。


兄の事が好きなのに、自分の存在が兄を苦しめている気がしてならなかった。


苦しくなったシルビアは、魔法を使って深夜に城を抜け出した。


兄の服を着て、帽子に髪の毛を詰めて少年に変装した。


いつも付けているドレスやアクセサリーは、全て置いてきた。金目の物を一切持たず、城を抜け出してひとりで生きていこうとした。


12歳の世間知らずの少女がひとりで生きられる程世間は甘くない。多くの人に守られて愛されている少女は、そんな当たり前の事も知らなかった。


このままいなくなれば、兄は心配してくれるだろうか。それとも、ホッとするだろうか。


そんな事を考えながら、シルビアは城を抜け出した。


ぐちゃぐちゃになりそうな気持ちを落ち着かせようと、風魔法で空を飛びながら夜風に当たっていたシルビアに、モンスターが襲いかかって来た。


「グオ……グオオ……」


ワイバーンだ。


城の騎士団が一丸となって討伐する強力なモンスター。初めて見るモンスターに、シルビアの頭は真っ白になった。

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