「一矢一閃」

 まだ、

 まだ、

 まだ、

 まだ、




 ——今。


「……よーし!」


 中った。いける。この試合、勝てる。


 弓道部一年、城田しろた美波みなみ。私は一年にして黒岩高校女子弓道部のスタメンだ。


 弓道は中学から始めて、弓もそれなりに手に馴染んでいる。インターハイにも関わらずスタメンに入れない三年に、遠慮なんてしない。


 最も多く中った方が勝つ。この単純なゲームにおいて実力のある者が弓を引くのは当然だ。


 私が務める立ち位置は大前おおまえ。後ろには四人の先輩が並ぶ。五人立で、一番最初に引き始める者。私の的中が、チーム全体の流れを左右する。


 その意味でも大前は重要なポジション。

 ——私が入って当然だな。




 インターハイ県大会の団体決勝戦。試合相手は強豪の清水岩下高校。向こうのチームは五人全員が三年。二つの射場に選手が十人。その中で一年生は私一人。


 ——かっこいい。私が一番目立ってる。


 それぞれの選手が計三本の矢を放ち、残るはあと一本。的中数は黒岩高校がひとつリードしている。十三対十二。残る各一本五人、計五本。全て決めて、全国大会への出場を決める。


 弓構え。両腕は力まず、肩の力を抜く。


 物見。目線の高さを変えず、まっすぐ的を見据える。


 打起し。垂直に両腕を上げて、背筋を伸ばし腹の下に力を込める。


 大三。両肩を若干開き、ゆっくり両手を的へ向ける。


 引き分け。均等に力を入れて、まっすぐ弓を体に引きつける。


 会。右頬に矢をつけ、的を見据えて矢尻の頂点を的へ合わせながら両肘を反対方向に伸ばし続ける。

 まだ、

 まだ、

 ま……。


 カァァアン——!

 ガッ。




 ——え?


 なんで。なんで。的中した時の掛け声が、聞こえない。


 ……蹴った。私、が?

 この私が、的に中てず的枠に中てた?


 電光掲示板に表示される、私の立ち位置の最後の四本目、バツの表示。


 嘘だ。焦った。どこで? 会だ。

 会で焦って早く手を離していた。十分に伸び合えていなかった。もっと、会を持たなきゃ。こんなんじゃダメ、こんなんじゃ……!


 三年生の先輩たちは全員しっかり的に中て、奇しくもそれは相手も同じだった。両チームの的中が揃い、同点。


「第一射場、十七中。第二射場、十七中。同中のため、競射を行います。選手は矢をつがえてください」


 進行の合図に私は矢を一本持って再び弓につがえる。

 なんで。なんで。この私が、なんで。


 呼吸が速くなっていくのが分かる。どっくん、どくん、どく、速くなる。気持ち悪い。このリズム、気持ち悪い。


 中てなきゃ。ここで中てなきゃ、負ける。


 中てなきゃ、絶対、中てなきゃっ——。


 カァァアン! ドスッ。


 ——あっ、……。


 抜い、た。


 電光掲示板、バツ。


 相手チームの大前が中てた。「よーし!」

 相手チームの二的が中てた。「よーし!」

 相手チームの三的が中てた。「よーし!」

 相手チームの落前が中てた。「よーし!」

 相手チームの落が、中てた。「…………」


「……よおおおおおおしっっ!」


 ——なん、で。




 競射の結果。


「第一射場、四中。第二射場、五中。よって、第二射場の勝ち」


 なんで、この局面で。


「選手は退場してください」


 なんで、この私が。


 なんで。


 なんで……。




「なんで!!!!」


 試合会場のトイレの中、鏡の前で私は叫ばずにはいられなかった。私が中てていれば、勝ってた。私が中てていれば競射にはならなずに済んだ。県一位のチームとして、全国大会へ勝ち進めた。

 私が、中てていれば。


「なんで……なんで……!」


 こんなの、最悪だ。

 弓道なんて、最悪だ。

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