第17話 家電量販店

 黒浪くろなみ学園の最寄りである黒浪駅は、そこそこ大きなターミナル駅だ。


 周辺には巨大な商業施設が軒を連ね、多くの人々で賑わっている。俺と千夜は人込みを掻き分けながら進み、ランドマークにもなっている家電量販店・マックカメラ黒浪店を訪れた。


 エスカレーターでPCコーナ―のある4階に到着すると、たくさんのノートパソコンがずらりと並ぶ光景が現れる。


「わあ……! これは悩んでしまいますね。やはりメモリとコアは重視したいですが、予算の範囲に収めるためにはどこかを削らなければ……デザインにも拘りたいですし、一朝一夕では決まらないかもしれません」


千夜ちやはパソコンで何をする予定なんだ?」


「もちろん小説の執筆ですよ」


 千夜は嬉しそうに笑って言った。その感情を体現するように、烏の濡れ羽のような黒髪がつややかに光っている。


「そういえば千夜は文芸部だったな。どんな小説を書いているのか気になるところだ」


「それは秘密です。お兄様に知られたら死んでしまいますので」


「誰が?」


「私が。恥ずかしさによって」


 そんなにいかがわしいものを書いているのだろうか。

 せいぜい恋愛要素がある程度だろうが、詮索するのも可哀想なので黙っておく。


 千夜は目を輝かせて展示品のパソコンを眺め始めた。事前にある程度目星はつけていたようだが、それでも決まるまでに時間がかかりそうだ。


「お兄様見てください、この色はとても可愛いですよね」


「そうだな」


「わあ、こちらは近未来的でカッコいい! キーボードも打ちやすいですし、スペックを私好みにカスタマイズすれば……」


 食い入るようにパソコンを見つめる千夜。

 これは話しかけても無駄っぽいな。パソコンに詳しくない俺が口を出しても仕方ないし、静かに見守るとしよう。


「ん? あれは……」


 パソコンコーナーのすぐ近くに、金色の髪を揺らす女子生徒の姿があった。

 服装は黒浪学園の制服で、液晶タブレットのコーナーに立ち、ペンを持って何かを描いているようだ。


 どう見ても十和田とわださんである。

 日本において、ああいう髪色の人物には十和田さんしか心当たりがない。


 俺はゆっくりと彼女のほうへと近づいていった。彼女は慣れた手つきでペンをサラサラと動かし、タブレット上のペイントソフトに線を重ねていく。


 それは女の子の絵だった。

 魔法使いのような黒い帽子をかぶり、ステッキを振って星のエフェクトを振り撒いている。


 アニメのキャラクターだろうか?

 如何せん、そういうジャンルには詳しくないので見当がつかない。


「上手いな。十和田さんは絵が得意だったのか」


「きゃああああ!?」


 声をかけた瞬間、事件性のある悲鳴がとどろいた。

 他のお客さんや店員が「何事だ」といった感じで振り向く。

 俺は慌てて十和田さんに謝った。


「すまない。驚かせるつもりはなかったのだが」


「さ、ささ、ささささ笹川くん!? どうしてここに!?」


「妹の付き添いだ。十和田さんは液晶タブレットを買いに来たのか?」


 十和田さんの顔がみるみる赤くなっていた。

 俺と液タブを交互に見つめた後、消しゴムツールをゴシゴシと動かして魔法使いのキャラクターを消してしまった。


「何で消すんだ? せっかく上手く描けていたのに……」


「わ、私が描いたっていう証拠はどこにあるんですか!?」


「実際に見たからな」


 十和田さんは反論の言葉を失った。

 ぷい、とそっぽを向いて腕を組む。


「このタブレットはお店のものなので、私のつたない絵を残しておくのは失礼だと思ったからです」


「拙い? そんなことはないと思うが……」


 漫画として出版できるレベルで上手かったように思う。

 少なくとも俺では何年かかっても到達できないレベルに見えた。


「……とにかく。私は暇つぶしで描いていただけです。このことは即座に記憶から抹消しておくように」


「もしかして十和田さん、部活は漫画研究会とかにする予定なのか?」


「これ以上突っ込まないでください!」


 怒られてしまった。

 この人の地雷がよく分からない。


「……それより笹川くん。顔の怪我は大丈夫なのですか」


「怪我は問題ない。元々治りが速いタイプだし、あと数日で痛みもなくなるだろう」


「そうですか。それはよかったです」


 十和田さんは腕を組んで複雑そうな顔をした。


「その怪我は私の責任ですね。笹川くんを強引に引っ張っていったのは私ですから。何か私にしてほしいことはありますか?」


「いや特にないが」


「それでは私の気が収まらないんですよ。ほら、何か要求をしてください。何でも叶えてあげますよ」


「そう言われてもな……」


 あれは俺が勝手にやったことなのだ。気にされても困るのだが……。

 まあ、どれだけ言っても無駄なのだろう。十和田さんは見かけ通り正義感にあふれた人のようだし。


「じゃあ1つ聞いてもいいか」


「どうぞ」


「部活は漫研にするのか?」


「何でそこに戻ってくるんですか!」


 十和田さんがキレた。

 しかし俺は怯まずに攻めた。


「せっかくクラスメートになったんだからな。俺は十和田さんと友達になりたいんだ。友達になるためには相手のことをよく知る必要があるだろう?」


「と、友達……? おかしなことを言いますね……」


「そうか? 普通の高校に通っているのだから、友達を作りたいと思うのは当然だろう?」


「いえ、まあ、そうなのですが……私と友達になりたいと言い出すのが普通じゃないと言いますか……」


 十和田さんはしばらく釈然としない様子を見せていた。しかし俺の熱意を認めてくれたのか、「はー」と深い溜息を吐いてから教えてくれた。


「分かりました。そうですね。私は漫画研究会に入りたいと思っています。今日ここに来た理由は、良い液タブがないか下見をするためです」


「そうなのか。絵を描くのが好きなんだな」


「それは……小さい頃から描いてましたので」


 いつもとは違って消え入りそうな声だった。

 恥ずかしがることはないと思うのだが。


「十和田さんはすごいな。勉強ができるだけじゃなくて絵も描けるなんて」


「勉強は保険ですよ。絵だけで食べていくのは大変なんです。学校では上位の成績をキープして良い大学に入る。それが将来絵を仕事にすると決めた時に親と交わした約束です」


 現実的な将来設計をしているようだ。

 絵も勉強も本気で取り組むのは大変だろうが、十和田さんの瞳には強い決意が見て取れた。俺も何か夢を見つけたほうがいいかもしれないな。


「だから私は是武羅ゼブラが許せないんです。あの人たちは努力もせずに遊んでばかりいて、好き放題に他人を傷つけますから」


「確かにな……」


 是武羅の連中は十和田さんとは正反対の存在だ。

 気に入らないのも当然である。


「もういいですよね? これ以上私のことを話す必要性があるとは思えません」


「そうだな。話してくれてありがとう。十和田さんならきっと漫画家になれる」


「何を根拠にそんなこと言ってるんですか? 現実は厳しいんですよ? 世の中には才能のあるクリエイターが腐るほどいるんですよ? 軽はずみな発言はやめてください」


「何をそんなに怒ってるんだ」


「怒ってませんっ」


 どう見ても怒っている。

 俺は曖昧に笑って話題を変えた。


「十和田さんのことは応援している。ぜひ頑張ってくれ」


「……ありがとうございます。笹川くんに応援されなくても頑張りますけどね」


 そこで十和田さんは思い出したように振り返った。


「私が可愛い系の絵を描いていることは、誰にも言わないでくださいね?」


「隠す必要あるか? 漫画研究会に所属したら、嫌でもバレるんじゃないか?」


「漫画研究会の人たちにもお願いする予定です。一般生徒には知られたくないんですよ」


 髪を忙しなくいじり、恥ずかしそうにそう言った。

 俺としてはもっと多くの人に知ってもらいたい気分だったが、本人がそう希望するなら仕方ない。


「分かった。このことは内密にしておく」


「お願いします。約束を破ったら、あなたを是武羅認定しますからね」


「どういう意味だよ……」


 まあ、十和田さんと仲を深められたような気がするのでよかった。

 意外と長く話し込んでしまったし、そろそろ千夜のところに戻るとしようか。

 そう思って振り返った時、その千夜が非難するような目つきをして立っていることに気づいた。


「なるほど。あなたが十和田香月さんですね」


「は、はい? そうですけど……」


「お兄様にヒドイことをした戦犯とうかがっております。その点、事情をお聞きしてもよろしいですか?」


 あ、そうだった。

 千夜は十和田さんのことを良く思ってないんだった……。

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