第18話 妹と同級生

 俺と千夜ちや十和田とわださんの3人は、何故かマックカメラの最上階にあるカフェで向かい合っていた。俺の目の前にはカフェラテ。十和田さんはレモンティー。そして千夜はハニーミルク。


 友達(+妹)とカフェに行くなんて、心躍って然るべき一大イベントだ。

 しかし現在、場は重苦しい雰囲気に包まれていた。

 千夜が十和田さんを親の仇のように睨みつけているからである。


「……なあ千夜。パソコンはもういいのか?」


「パソコンは逃げませんので。それより、確認しておかなければならないことがあります」


 千夜の誤解を解いておけばよかったと後悔した。

 しかし完全に後の祭りで、千夜は十和田さんに対する敵愾心てきがいしんを隠そうともしなかった。


「十和田香月かづきさん、ですよね?」


「は、はい。そうですが……」


「私は笹川廉太郎れんたろうの妹、千夜と申します。このたびはお兄様に対して少々行き過ぎた行為をなされたようですね」


 まずい。話が不穏な方向に進んでいる。


「何を言ってるんですか? もしかして是武羅ゼブラの……」


「どうやら自覚がおありのようですね。お兄様が是武羅に殴られたのは、あなたが原因だと聞き及んでおります。この落とし前はどうつけてくださるおつもりですか?」


 さすがにこれ以上放置しておくことはできなかった。


「千夜、それはもう済んだことだ」


「済んだ? いいえお兄様、十和田さんがケジメをつけていただくまでは……」


「つけてもらったんだよ。十和田さんには謝罪として俺の言うことを聞いてもらった」


「はい?」


「迷惑をかけたお詫びに何でも言うことを聞く、と提案してくれたんだ。だから俺は十和田さんに1つだけお願いを聞いてもらった」


 千夜の視線がますます冷ややかになっていった。

 十和田さんが「何言ってるんですか!」と小声で突っ込んでくる。

 何かおかしな発言をしただろうか? 事実を述べただけだと思うのだが……。


「……お兄様はいったい何をしてもらったのですか?」


「それは言えない。プライバシーに関わるからだ」


「「なっ……」」


 千夜と十和田さんが同時に驚いた様子で固まった。

 先に復活したのは千夜である。何故かわなわなと震え、ハニーミルクの入ったカップを口に運んでいく。


「そ、そうですか……言えませんか。それだけいかがわしいご命令をなさったのですね……お兄様ったら……ふふ……」


「違いますっ! 笹川くんも変なこと言わないでください」


 十和田さんが顔を真っ赤にして立ち上がった。

 そうか。冷静に考えたら変な勘違いをされてもおかしくなかったな。でも絵のことを話すのは禁じられているし、どうしたらよかったんだ……。


「私が笹川くんにお願いされたのは『プライベート情報の開示』です。けして変なことじゃありませんよ」


「何故お兄様があなたの個人情報を聞く必要があるのですか?」


「知りませんっ。でも笹川くんが私と友達になりたいって言うから……」


 ぐるん、とものすごい勢いで千夜が俺のほうを振り返った。

 顔が怖い。頼むから可愛かった千夜に戻ってくれ。


「……よく分かりました。お兄様は事の重大さが理解できていないようですね」


「理解はできている。十和田さんは何も悪くない」


「駄目ですね。十和田さんと関わっていたらお兄様が大変なことになってしまいます。妹として看過することはできません」


 俺はほとほと困り果ててしまった。千夜を説得するのはアフリカの反政府組織を潰すことよりも難しいかもしれない。


「お兄様、私があげたお守り持ってますよね?」


「ん? 持ってるけど……」


 千夜からもらった紫色のお守りを取り出した。いつも学ランのポケットに入れているのだ。


「貸してください」


 千夜はお守りを俺からひったくるようにして受け取ると、それをテーブルの上に置いて何やら祈祷を始めた。両手を合わせ、目を瞑り、しばらく何かをブツブツと呟いている。

 十和田さんが声を潜めて尋ねてきた。


「な、何をやってるんですか? あなたの妹さんは……」


「分からん。千夜にはスピリチュアルな趣味もあるようだからな」


「できました」


 満足げに頷き、お守りを返してくれる。

 何だかずっしりと念が籠もっているような気がした。


「……何をしたんだ?」


「ドロボウ猫除けですよ。十和田さんがお兄様に近づかないようにと祈祷しておきました」


「そ、そうか」


 それを十和田さんの目の前でやる度胸がすごい。というかドロボウ猫って何だ。

 事の成り行きを見守っていた十和田さんは、「はあ」と大きな溜息を吐いた。


「分かっていますよ。笹川くんが怪我をしたのは私の責任……。個人情報を開示した程度で許されるとは思っていません」


「十和田さん。そんなに責任を感じる必要はないだろ」


「いいえ。あれは私の責任です」


 十和田さんはレモンティーをストローで吸った。

 そして、死地に向かう兵士のように真面目な顔をして言う。


「そのお詫びとして、私が是武羅を何とかします」


 マジかよ。


「……何とかする、とは?」


黒浪くろなみ学園を是武羅の支配から解放するんです。笹川くんが怪我をした原因は、もちろん私の責任もありますが、そもそも是武羅という不法組織がのさばっているからです。だから私は罪滅ぼしのためにも……自分の学習環境のためにも、是武羅を追い払おうと思います」


 千夜が「ふふ」と笑った。まるで小馬鹿にするように。


「あなたにそんなことができますか? 聞くところによれば、黒浪学園は教師ですら不良さんたちに手も足も出ないとか」


「突破の糸口はつかみました。これを見てください」


 十和田さんがポケットから1枚のメモ用紙を取り出した。

 そこに書かれていたのは、以下のような文字である。



『4月12日(木) 13:30~ 第1体育倉庫の裏』



 日時と場所のメモだ。4月12日といえば明日である。

 第1体育倉庫とやらで何かが行われるのだろうか?


「今朝、昇降口で不可解な会話を聞きました。是武羅がグミと呼ばれる品物を隠れて取引しているそうなんです」


「グミ? 何ですかそれは」


「おそらく薬物の類いですね。違法なものに違いありません」


 十和田さんが真剣そうに語るのを見て、俺は嫌な予感をひしひしと覚えた。

 その話は小島から聞いている。まさか十和田さんも同じ場所で耳を傾けていたとは思いもしなかった。


「……まさか、そのメモは取引の日時か?」


「その通りです。昇降口では男子生徒2人が会話をしていました。どちらも是武羅のメンバーだと思います。片方は……確か、会合でいびられていた目沢という人でしょうか」


 目沢といえば、平定者として俺が退治した相手だ。

 そんな不法行為にまで手を出していたなんて。


「で、それをどうするつもりなんだ?」


「取引の現場に乗り込む予定です」


 十和田さんは大真面目だった。


「違法な薬物を売買しているところを押さえれば、是武羅を一気に崩すことができます。そもそも学校にそんなモノを流通させているなんて、放っておくことはできませんから」


「その志は結構ですね。しかし、お兄様を巻き込むことは許しませんよ?」


「当然です。これくらい私1人でやります」


 俺は溜息を吐きたい気分になってしまった。

 十和田さんは成績優秀だし行動力もあるが、危機管理能力という点においてはちょっと心配だ。


「十和田さん。もうちょっと慎重に行動したほうが……」


「いいえ。平和な学園生活のためには必要なことです」


「…………」


 それはまさに俺が願っていた理想だ。

 仕方ない。この場で止めても無駄みたいだし、平定者として彼女をサポートするとしよう。

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