第15話 奉仕活動
「おっそーい! 私より後に来るってどーゆーこと?」
「すまない。ちょうど授業で当てられてしまってな。途中で抜け出すのに苦労したんだ」
校舎裏で俺を待っていたのは、ベンチに座って退屈そうに足をぷらぷらさせていた少女、
辺りに人の気配はない。遠くのグラウンドでテニスだかサッカーだかの授業をやっている生徒たちの声が聞こえるだけだ。どうやら
新島はベンチから立ち上がると、両手を後ろにして近づいて来た。
「あんたは奴隷でしょ? 私と授業、どっちが大事なの?」
「本心から言えば授業のほうが大事だが、この場合は『あんた』と答えておいたほうが穏便なので『あんた』と答えよう」
「ふざけてんの?」
胸倉をつかまれてしまった。下からものすごい形相で睨まれ、俺は下手な返答をしたことを後悔した。
「あんたは私に絶対服従。忘れたわけじゃないよね?」
「……そうだったな。何をすればいい」
「う~ん。じゃあ、まずはジュース買ってきてもらおっか」
何だその程度か。てっきり内臓を寄越せと言われるかと思っていたので拍子抜けである。
「承知した。では小銭をくれ」
「は? あんたの金で買うに決まってるでしょーが」
「ん? でもあんたのジュースを買ってくるんだよな? 何で俺が金を出す必要があるんだ?」
「テメエが私の奴隷だからに決まってるだろーが!」
ガツン、と弁慶の泣きどころを蹴られた。
とりあえずその場にしゃがみ込んで痛がる素振りを見せておく。
「痛い……何をするんだ」
「自分の立場が分かってないの? あんたは私のド・レ・イ。犬のように這いつくばって奉仕するのが役目なの」
「憲法第18条。何人も、いかなる奴隷的拘束を――あいたっ」
再び蹴られた。
新島は俺の髪の毛を握りしめて顔を近づけてくる。ミルクのような甘いにおいがして、一瞬思考を奪われてしまった。
「なぁに? 反抗するつもりなの? 言っておくけど、他の連中がどうなっても知らないよ? あんたは残りの3人の身代わりになったんだから」
新島の言う通りだ。秋山さんや
「……分かった。俺はお前の奴隷として働こう」
「ふふ。いい子いい子」
新島が俺の頭を無遠慮に撫でてきた。
今は調子に乗らせておくのが得策だ。いずれ平定者によって是武羅は壊滅し、新島も他人をコキ使うことができなくなるのだから。
俺はナデナデ攻撃をするりと躱して自販機に向かうと、とりあえずコーラを買った。
戻ってきて缶を渡すと、新島は何故か口元をニヤつかせた。
「あーあ。コーラなんか買ってきちゃったんだね」
「オレンジジュースがよかったか?」
「ううん。私の好きなものを一発で中てられちゃって残念。これでもし別のものを買ってきてたら、遠慮なくあんたをイジめることができたのに……」
理不尽すぎる。
新島はプルタブを引いて缶を開けた。ぷしゅ、という炭酸の抜ける音が響く。
「まーいいや。笹川、椅子になってよ」
「は?」
「ベンチには座り飽きちゃった。ほら、そこに四つん這いになって」
地面を指差して新島は言った。俺を椅子にしても座り心地はよくないだろうが、ご主人様がご所望ならば奴隷の俺には従う以外にない。
しぶしぶしゃがんで四つん這いになった瞬間、とん、と背中に軽い衝撃が伝わった。新島が遠慮なく俺の背中にお尻を乗せたのである。この重さ、そして体格と脂肪の付き具合から察するに……新島きららの体重は47kg前後であることが推測される。
「ほらほら奴隷クン、頑張って♡ しっかりバランスとらないとコーラこぼしちゃうよ~?」
「ぐ……」
「きゃはははは! 悔しいよねぇ? でも笹川、あんたは私の奴隷なの。一生そうやって這いつくばってご主人様に奉仕する運命なんだよ! 良かったねえ、ほら、ほら、ほら!」
「ぐああっ……」
新島は俺に座ったまま身体を前後に動かした。体幹を鍛えている俺には通用しないが、揺さぶられたフリをしておくとする。
もし俺が通常の男子高校生だったら恥辱のあまり悶死していたかもしれないな。
だが俺はアマゾンの奥地で極限のサバイバルを経験しているのだ。どんな拷問を受けても精神が揺さぶられることはない。
しかし頭を冷やして考えてみると、俺は何をやらされているのだろうか。想定していた普通の高校生活とは大きく異なるような気がするのだが……。
「新島。聞きたいことがある」
「は? 呼び捨て? 奴隷がご主人様に向かって?」
「新島さん、聞きたいことが――」
「きらら様って呼びなよ。それが嫌なら、『きららちゃん』でもいいよー?」
新島はクスクスと小馬鹿にするように笑った。
からかわれているのは明白だ。その手に乗ってやる必要はない。
「ではきららちゃん。質問があるのだが」
「は? ちゃん付け? キモっ」
心の底からキモがられてしまった。
新島は俺の
「今の録音して学校中にバラまいたら、あんた、キモキモ星人として名を馳せることになるよ? 女子にセクハラするなんて最低だよね」
「それは困る。以後、発言には気をつけよう」
「ちゃんとしてよね? ただでさえ私は2年生だから、本当はタメ口使っていい存在じゃないんだよ? それを寛大な心で許してあげているの。感謝してよねっ」
新島は2年生だったのか。まあ、是武羅の役職についている時点で1年生であるわけがないのだが。
「……ありがたい。では本題に入ってもいいか」
「なに?」
「きらら様は是武羅一番隊でどういう立ち位置なんだ? 一番隊の中でも存在感を放っているように感じられたんだが」
新島は怪訝な表情をした。しかし大して気にならなかったのか、コーラを1口飲んでから答えてくれた。
「私は是武羅一番隊、新島班の班長だよ? 班員は今のところ誰もいないけどね」
「何故いないんだ?」
「だって誰かの面倒見るのが嫌なんだも~ん。それに、一番隊の連中ってムサい男ばっかだし。私の部下になるのに相応しい人はいないかなぁ」
目沢の班には3人の部下がいたことを思い出す。
一番隊は約40人だから、番場やヤスを除外して考えると8個くらいの班が存在することになる。といっても、班によって規模の違いがあるだろうから概算だけど。
「是武羅は何番隊まであるんだ?」
「ん~? 5番隊までだけど?」
「人数は隊によって変動はあるのか?」
「たぶんそんなに違わないんじゃないかなぁ」
「なるほどな。それぞれの隊長がどんなやつか分かるか?」
ドボドボドボドボドボドボドボドボ……。
冷たい液体が頭に振ってきた。甘くてべたつくこの感触は、間違いなくコーラである。新島が冷めたような表情でコーラの缶を逆さまにしていた。
「質問多すぎ。キモい」
「…………」
「奴隷は大人しくご主人様に従っていればいいの。ほら、コーラがもったいないでしょ? さっさと地面を舐めてキレイにしなよ」
どうやら新島から直接情報を得るのは難しいらしい。仮にも班長という地位を任されているだけはあった。
俺は新島の指示に従い、地面に落ちたコーラに舌を伸ばす。
奉仕活動は結局1時間目が終わるまで続き、数学の授業を受けることはできなかった。こんなことが何度も続くようでは、少し計画に支障が出るかもしれないな。
新島は近いうちに何とかしなければならない。
武力で制圧……ではなく、心を折ることをメインにしよう。
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