第13話 今日から奴隷

「……新島にいじま。どういうつもりだ?」


 番場ばんばの鋭い視線が新島に向けられた。

 そこらの生徒なら裸足で逃げ出すほどの眼力だったが、新島は臆した様子も見せずにニヤニヤと笑っていた。


「それ以上やったら口も利けなくなっちゃうでしょ? 情報収集するんだったら、もっと穏便にやらないと」


「こいつはシロだって言っただろ。俺が今やってるのは、覗きに対する報復だ。俺に指図するならテメエも容赦しねえぞ」


「でも乱暴すぎるんだも~ん。あんまり無茶なことやってると、副総長に言いつけちゃうよ?」


「…………」


 驚くべきことに、番場が舌打ちをして俺から離れていった。

 他の不良たちも新島には気後れしたような様子である。


 一番隊の力関係はどうなっているのだろうか。番場が絶対正義かと思っていたが、意外にも彼の行動に口を挟める人物がいたらしい。


「あんまり調子に乗んなよ、新島。テメエは一番隊所属なんだぞ」


「分かってるって。ついでにお願いしてもいい?」


「あァ?」


「あんたがボコボコにしたその子、私がもらっちゃっていーい?」


 何を言っているのか理解できなかった。

 もらう? 俺を? 俺はモノではないんだが?


「何を考えてやがる」


「気づいてた? この子、あんたに睨まれても全然怯んでなかったんだよ? そこがすっごくカッコいいと思って」


「はっ、勝手にしやがれ。こんなやつに用はねえ。……ヤス、火」


「へい」


 番場は火のついたタバコを口に咥えると、白い煙を吐き出しながらそっぽを向いてしまった。それを見たヤスが慌てた様子で言った。


「番場さん、いいんですか? 新島に任せたら……」


「どうせすぐ壊れちまうだろうな」


「それじゃあ大問題ですよう! ……おい新島、ほどほどにしとけよ! 警察沙汰になったら揉み消すのが面倒なんだからな!」


「はーい♡」


 新島が軽やかにスキップしながら俺に近づいてきた。

 早急にこいつの立ち位置を探る必要がある。

 考えられるのは……番場の弱みを握っている可能性、番場がこの少女に惚れている可能性、番場を超越する戦闘能力を保有している可能性。


「やだ。スカートの中、見ようとした?」


 気づけば、ニヤニヤとした笑みで見下されていた。すぐそこにあるニーソックスを見つめながら、俺は首を振って否定する。


「見ていない」


「やだ~、この変態♡」


 上履きで側頭部を踏みつけられた。見てないって言ってるのに。新島はグリグリと俺の髪をもてあそぶと、急にその場にしゃがんで顔を近づけてきた。


「あんた、今日から私の奴隷ね」


「奴隷だと? 日本に奴隷制度はなかったはずだが……」


「きゃはは! 何変なこと言ってんの、キモ~い!」


 新島は俺の胸倉をつかむと、無理矢理視線を合わせて言った。


「私が奴隷だって言ったら奴隷なの。番場から助けてあげたんだから、感謝してよね? ほら、スマホ出してよ」


「え?」


「いいから出しなって!」


 俺は言われるがままポケットからスマホを取り出した。ロックを解除するように言われたので指示通りにすると、新島は勝手に操作してLINEを開いた。


「え~! 友達少なっ! あんたボッチの陰キャだったりする?」


「友達はこれから増やしていく予定だが……」


「はい、あたしの登録したから。呼び出しがあったら1秒で来てよね? 遅れたらあんたのこと、裸にして私の椅子にしちゃうから」


「…………」


 なるほど。つまり俺を舎弟扱いするというわけか。

 無力な一般生徒を装うためには従っておくしかない。平定者としての活動は始まったばかりであるため、慎重を期さなければならないのだ。


「だ、駄目だよ笹川くん! 奴隷なんて……!」


 秋山さんが声をあげた。


「あ? そこのチビ、何か文句でもあんの?」


「う……」


 しかし新島に睨まれ、一瞬で言葉を詰まらせてしまう。秋山さんの意見は至極真っ当だが、そういう正論が是武羅の連中に通用するはずがないのである。


「じゃ、そういうことだから。ばいばーい♪」


 新島は立ち上がると、ピンク色のサイドテールを揺らして踵を返す。そのまま不良たちの横を通り過ぎ、体育館の外へと姿を消してしまった。


 それを見ていたヤスが大きな溜息を吐いた。


「……いいんすか? あの小娘に好き放題やらせてて」


「別に構わねえ。あれはあれで利用価値はある」


「ま、番場さんがそう言うなら別にいいんすけど……で、あいつらはどうします? ボコしちゃいますか?」


 ヤスが親指で示した先には、不良たちに囲まれて身動きがとれない小島、秋山さん、十和田とわださんの3人がいる。


 是武羅ゼブラのことだから彼らにも危害を加えるのかと思ったが、意外にも番場は鼻白んだような様子で背を向けた。


「そいつが男気を見せたんだ。今回だけは見逃してやれ」


「でも……」


「口答えするな。そいつらはどうせシロだ」


「は、はい!」


 番場に睨まれ、ヤスを含めた不良たちが背筋を伸ばした。

 番場は顔だけ振り返って俺を睨むと、タバコの煙を吐き出しながら言った。


「2度と俺たちに舐めた真似すんじゃねえぞ。次はコンクリートで固めて東京湾に沈めてやるからな」


「分かっている」


「ふん。行くぞテメエら」


 不良どもがぞろぞろと体育館を去っていく。

 去り際、目沢が俺たちのほうに唾を吐いて去っていった。何故だか知らないが恨まれているらしい。


 やつらの姿が完全に消えた瞬間、秋山さんたちが大慌てで駆け寄って来た。


「笹川くん! はやく病院に行こう!?」


「大丈夫だ。この程度は掠り傷みたいなもんだから……」


「駄目だよ! 手当てしないと!」


「そうだぜ笹川。うわ、こりゃひでえな……あいつ、手加減ってモノを知らねえのか?」


 秋山さんと小島が俺に肩を貸してくれる。

 自力で問題なく歩けるのだが、ここは彼らに甘えておくとしよう。

 そこでふと、少し離れたところで十和田さんが立ち尽くしているのが見えた。


「最悪ですね。私のせいで……」


 責任を感じているらしい。

 俺は笑みを浮かべて否定してやった。


「心配するな。俺はこうなることも承知でついてきたんだ」


「でも! 笹川くんは私たちを庇ってくれたじゃないですか……どうしてあんなことをしたのか理解できません。私が犠牲になればそれで済んだ話なのに」


「別に大した理由じゃないが……」


 十和田さんやその他のクラスメートに痛い思いはさせたくなかった。

 それに俺は攻撃をいなす技術も身に着けているから、やつらに後れを取ることは有り得なかった。

 総合的に吟味した結果、俺が矢面に立つべきだと判断しただけである。

 しかし、そういう事情を明かすわけにはいかない。


「十和田さんのことを守りたかったからだ」


「「「えっ」」」


 十和田さんだけでなく、小島や秋山さんも驚愕していた。

 それ以外に表現のしようがなかったので仕方がない。とはいえ少し気障すぎたかもしれないので、慌てて付け加えておいた。


「クラスメート同士、助け合うのは当然だろう?」


「一方的に助けられたような気がするのですが」


「じゃあ俺が困っている時にはよろしく頼む」


「分かりました……」


 十和田さんは感情を抑えた声でそう言った。

 悔しそうに拳を握り、是武羅が消えていった体育館の入口を睨む。


 今回はなんとか切り抜りぬけたが、前途は多難である。

 スマホをちらりと見れば、そこには『きらら』という人物からLINEが入っていた。先ほど登録した新島のアカウントである。よく分からないクマのキャラクターが「よろしくね」としゃべっているスタンプが届いていた。


 俺はクラスメートたちの身代わりに、新島の奴隷となってしまったのだ。

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