第12話 リンチ(2回目)

 小島と十和田とわださんは即座に逃げようとしたが、敵の動きのほうが早かった。下に降りる階段は数が限られていたため、やつらに待ち伏せされてしまったのだ。


 俺たちはあっという間に捕縛され、4人とも番場ばんばの前に立たされることになってしまった。


「テメエら、上で何をしていた?」


 番場がタバコを吸いながら声をかけてきた。

 目の前には番場、ヤス、新島にいじまの3人。そして周囲には俺たちを取り囲むようにして一番隊の連中がガンを飛ばしていた。


「私たちは掃除をしていたんです。そしたらあなたたちがやって来て……タイミングを逃してしまったので、終わるまで上で待機していました」


「嘘だな」


 十和田さんは咄嗟に言い訳をしたが、番場はすぐさま否定した。


「この体育館は俺たちがバスケ部に頼んで予約しといたんだよ。掃除される予定なんかねえ」


「そ、そうかもしれませんけど……」


「誰の差し金だ? 努爾哈赤ヌルハチか?」


 十和田さんは黙ってしまった。努爾哈赤が何を意味するのか知らないが、これ以上余計なことを言えば逆上される恐れもあるため、賢い選択と言えるだろう。


 ちらりと隣を見れば、小島と秋山さんは真っ青になって震えている。

 なるべく穏便に切り抜ける方法を探さなければならない。

 いざという時は力を振るうことも想定する必要がありそうだ。


「ああーっ! ば、番場さん、こいつら知ってます! 昨日、俺らがカツアゲしようと思った1年坊ですよ! そっちの栗色のちっこい小娘と、地味な黒髪の男のほうです!」


 目沢めざわが慌てて声をあげた。


「そいつら、もしかしたらギンギツネとつながりがあるかもしれません!」


「おい目沢。それはどういうことだ」


「だってギンギツネの野郎、こいつらを助けるために俺たちと戦ったんですよ……!」


 面倒な証言だ。だが冷静に考えてみれば、目沢がそういう推論に至るのも無理はなかった。もう少し手を回しておいたほうが良かったが、ここで悔いても何も始まらない。


「……テメエら、ギンギツネを知ってるのか?」


 番場が俺と秋山さんを睨んだ。

 俺は秋山さんを庇って前に出る。


「そんなものは知らない。ギンギツネなんて初めて聞いたぞ」


「テメエ! 口の利き方には気をつけろ! この方は是武羅ゼブラ一番隊隊長の番場敦盛あつもりさんだぞ!?」


 ヤスが罵声をあげた。一番隊の不良たちもギロリと睨んでくる。

 小島や秋山さんがぶるぶる震え、十和田さんは悔しそうに拳をギュッと握る。

 番場がゆっくりと近づいてきて、俺の胸倉をガシッと掴んだ。


「目沢のようになりてえか? さっさと吐きやがれ」


「……知らない。本当に知らないんだ」


「…………」


 それからしばらく睨み合いが続いた。

 番場の視線は鬼のように鋭かったが、俺の心に波風が立つことはない。

 この程度、テロ組織の構成員から向けられた殺意と比べれば、ウサギに見つめられているようなものだ。


「ふん、本当に知らないようだな。これ以上脅しても意味はねえ」


「ああ。退いてくれると助かる」


「だが――盗み聞きしていた罪は別だッ!」


 次の瞬間、番場の振るった拳が左方向から飛んできた。

 避けることは容易い。が、避ける必要性もないので流れに身を任せることにした。


 衝撃が弾け、俺の身体はそのまま背後に吹っ飛ばされてしまった。


 冷たい体育館の床の感触。小島や秋山さんが悲鳴のような声をあげたのとは対照的に、不良たちが面白がるように歓声を轟かせた。


「がはっ……」


 とりあえず苦悶の声をあげておいた。

 ピンピンとしていると思われたくないからである。


「大丈夫か笹川!」


「笹川くん! しっかりして……!」


 秋山さんと小島が駆け寄ってきてくれる。

 少し罪悪感を覚えてしまったが、仕方のないことだ。

 小島が是武羅の連中に聞こえないよう声を潜めて囁いた。


「……一斉に逃げようぜ。このままだとマジで全員やられるぞ」


「に、逃げるってどうするの!? 囲まれてるんだけど……!?」


「秋山さんの言う通りだ。相手が多すぎる」


 是武羅一番隊は40人。俺たち4人がバラバラに逃げたとしても、それぞれ捕獲されてさらにヒドイ仕打ちをされるのが目に見えていた。


「……暴力なんてよくないです。笹川くんに謝ってください」


 その時、震える声が耳朶じだを打った。

 十和田さんが毅然きぜんとした面持ちで番場を睨んでいる。恐怖と緊張によってガクガクだが、彼女のプライドが不良たちに屈するのをよしとしなかったのだろう。


 だが、それははっきり言って悪手だ。

 この場で正論を振りかざしたところで是武羅を激情させるだけである。

 小島も「ここでそれ言う!?」みたいな顔をしていた。


「あ? 何言ってんだテメエ」


「や、やめてくださいって言ってるんです! そもそも是武羅を調べようって言い出したのは私。笹川くんは誘われただけ……だから殴るなら私にしてください」


 そんなことまで伝える必要はない。

 これ以上十和田さんにしゃべらせるわけにはいかなかった。

 俺は小島と秋山さんを押しのけ、ふらふら(しているように見せかけて)立ち上がる。


「いや。全部俺が言い出したことだ」


「笹川くん……!?」


「番場……だっけ? ここにいる俺のクラスメートは何も関係ない。やるなら俺が相手になってやる」


 一瞬だけ空気が凍りついた。

 すぐに爆笑の渦が巻き起こる。


「――ヒャハハハハハ! こいつ何言ってやがるんだ、馬鹿がよォ!」


「粋がりやがって! 膝が震えてるんじゃないですかぁ~!?」


「歯ぁ全部抜いて校門に吊るしてやろうぜ!」


 俺は彼らの声を無視して番場に近づいていった。

 十和田さんも秋山さんも小島も言葉を失い、その場で棒立ちすることしかできていない。

 彼らをこれ以上危険な目に遭わせないためにも、俺自身が人柱になる必要があるのだった。


「ほお。随分と男気を見せてくれるじゃねえか」


「他の3人には手を出すな」


「分かったよ。他の連中は見逃してやる。ただし――」


 番場が拳を握った。

 俺は形だけのファイティングポーズをとる。

 次の瞬間、回転するようなフォームで力強い拳が繰り出された。


「――テメエは半殺しじゃ済まねえけどなぁ!」


「がはっ……」


 当然食らっておく。腹を殴られた俺は回転しながら背後に吹っ飛び、ピカピカに磨かれた床を1、2メートルほど転がっていった。


「笹川くん……!」


 秋山さんが涙を流して叫んだ。

 周りの不良たちは「やれー!」「いいぞ番場さんー!」などと大はしゃぎだ。品性という概念をどこかに置き忘れてしまったに違いない。


「テメエみたいなやつはたまにいるんだよ。特に1学期が始まった頃、1年坊の中からイキガリ野郎が出てくるんだよなァ……」


 番場がゆっくりと近づいてくる。その手にはいつの間にかメリケンサックが装着されていた。


「そういうやつは叩きのめすのが俺たち一番隊の仕事でもあンだよ――イキったことを後悔して死ねや、クソガキがァ!」


「ぐっ……」


 今度は蹴りが腹部に叩き込まれた。

 その勢いで弾き飛ばされたが、今度は辛うじて踏ん張ってみせる。


 だが次の瞬間、視界に拳が迫っているのが見えた。さすがに目を抉られたら面倒なため、俺は腕でそれをガードしようと試みる。


 衝撃。


 体勢を崩され、その場に転ばされてしまった。


 復帰するのは容易であるが、今は番場の好きにさせておくべきである。

 秋山さんたちにはちょっとキツいものを見せてしまうかもしれないが、正体を隠すためにはやむを得ぬ措置だ。


 その時、ずっしりと重いモノが圧し掛かってきた。

 見上げれば、番場が俺に馬乗りになって拳を振り上げている。


「歯ぁ食いしばれ。地獄を見せてやるぜ」


「ッ……!」


 火花が散った。何度も何度も散った。


 番場は俺の顔面の骨すべてを砕く勢いで、手加減なしに殴り続ける。


 秋山さんが「もうやめて!」と泣き叫ぶが、周りの不良たちに羽交い絞めにされているらしく、こちらに駆け寄ることはできなかった。


「あ? さっきまでの威勢はどうした? 謝罪の1つでもしてみろや、このクソガキ!」


「ガッ、ああっ、ああああっ……」


 ひとまず呻き声をあげておいた。

 とはいえ、さすがに番場の行為は行き過ぎている。攻撃が急所に当たることがないよう受け方を調整しているが、それにも限界がある。このままでは口内炎ができて後々面倒なことになるかもしれない。


 さて、どうしたものだろうか。

 そろそろやめてほしいところなのだが――


「――番場、そろそろやめてあげなよ。見ているこっちが気分悪いんだけど?」


 ピタリと拳が止まった。

 ふと視線を番場の向こうに向ける。


 そこに立っていたのは、呆れたように腕を組んでいる是武羅のメンバー、新島だった。

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