第11話 一番隊の会合

是武羅ゼブラ一番隊鉄則その1ィイ!」


「「「いつもニコニコガン飛ばし!!」」」


「是武羅一番隊鉄則その2ィイ!」


「「「黒浪くろなみの平和を守るために己の拳を振るう!!」」」


「是武羅一番隊鉄則その3ンン!」


「「「従わないやつは全治1週間、舐めてくるやつは全治1カ月!!」」」


「歯向かってくるやつはァ~!?」


「「「全治永久・地獄送りの刑ッ!!」」」


「しゃあ! これから一番隊の会合を始めるぜ! じゃあ番場さん、よろしくお願いしやーすッ!」


「「「よろしくお願いしやーすッ!!」」」


 眼下では是武羅一番隊の連中が無駄に声を張り上げていた。

 人数はヤスと番場を含め、ちょうど40人。

 たかが不良と侮っていたが、その統率力はどこかの軍隊にも匹敵しそうである。やつらの平定には予想以上に時間がかかるかもしれない。


「何あれ……やっぱり是武羅ってちょっと変だよ……!?」


「秋山さん、静かにしていてください。バレたら全治永久らしいですからね。それが何を意味するのか知りませんが」


 秋山さんが「ひええ」と悲鳴をあげて縮こまった。


 アリーナに視線を戻すと、ドレッドヘアーの番場ばんばがのそのそと不良たちの前に出てきた。相変わらず高校生とは思えない風格だ。実は30代ですと言われても違和感がない。


「……知っているやつもいると思うが、昨日、目沢めざわが正体不明の輩にヤられた。相手はキネツの仮面のふざけたヤローだ。そうだな、目沢?」


「そ、そうです! ギンギツネにやられたんです!」


 不良たちの列の中から声があがった。昨日、俺が平定者として退治した目沢である。その背後には目沢班の不良たち3人もいる。全員、蹴られたり殴られたりしたせいでボロボロだった。


「目沢、ギンギツネはどんなやつなんだ」


「銀髪でキツネの仮面をつけた男でした……服装は黒浪の学ランだったから、ウチの生徒だとは思いますが……」


「強さはどれくらいだ?」


「そ、それが、恐ろしく強ぇヤツだったんですよ!」


 目沢は必死で訴えかける。

 かたきを取ってくださいと言わんばかりに。


「動きが全然見えませんでした。あれはどこかのチームでバン張ってる実力者に違いねえっすよ! しかもやつは、是武羅を平定するとか言ってました……! はやく正体を突き止めて締め上げねえと、大変なことになりますっ……!」


「そうか。……で、お前はどうしてここにいるんだ?」


「え?」


 番場の声色が変わった。

 表情はそのままだが、殺意の渦が体育館に充満していく。


「どうしてここにいるのか聞いてるんだよ。ギンギツネにボコされた、ここまではいい。誰だってヘマすることはあるだろうからよ。俺だって今日、トイレットペーパーが切れてることを忘れてウンコしちまったんだ。そういう失敗は誰にだってある」


「は、はあ……」


「だが、失敗したらすぐに取り戻すのが是武羅の鉄則だろ? 俺はすぐに学校のトイレットペーパーをかっぱらいに行ったよ。だからテメエも会合に出る前にギンギツネを捕まえておく必要があったんだ」


「そ、それは……だって……」


 目沢はライオンの檻に入れられたかのごとくブルブルと震え始めた。

 番場がタバコを取り出す。ヤスがすかさずライターで火をつけた。番場はゆっくりと目沢に近づいていくと、「ぷはあ」と白い息を彼に吹きかける。


「テメエには根性がねえ。ケジメをつけやがれ」


「え…………ぎゃあああああああ!?」


 タバコの火がついた先端が、目沢の胸元にグリグリと押しつけられた。目沢は絶叫して熱がったが、他の不良たちが取り押さえるため逃げることができない。


「や、やめてくださいいい! 俺が、俺が悪かったです! 今すぐギンギツネの野郎をぶっ殺してきますからあああっ……!」


「そうか? 本当に反省しているのか?」


「は、はひっ、はん、反省、してますっ……!」


「そうか。じゃあもう一発で許してやる」


「ぎゃあああああああああああ!」


 番場は少しずれた場所に再びタバコを押し付けた。隣の秋山さんが絶句して目を逸らす。いわゆる根性焼きというヤツだが、令和の時代に現存しているとは思いもしなかった。


 やがて番場がタバコを放り捨てると、目沢は涙と鼻水をあふれさせてその場に崩れ落ちた。その背後にいた取り巻き3人は真っ青になって硬直している。


「きゃはははは! だっさーい! 目沢、素敵なプレゼントもらえてよかったねー!」


 その時、甲高い笑い声が響いた。

 倒れ伏す目沢の横に、おかしくてたまらないといった様子でニヤニヤしている少女の姿があった。服装は黒浪のセーラー服である。胸元に是武羅のバッジがついているので、一番隊のメンバーなのだろう。


「に、新島にいじま……! てめえ、ケンカ売ってんのか……!」


「売ってないよぉ? 嘲笑ってるだけだし。でもその程度で済んでよかったねえ、番場を本気で怒らせたら指の1本はもってかれちゃうんだから」


「くそっ……」


 新島と呼ばれた少女は、その場でくるりと1回転すると、太陽のような笑みを浮かべて番場のほうへと近づいていった。


「ねえ番場、ギンギツネはどうするのぉ? はやく捕まえないと総長にバレて怒られちゃうよぉ?」


「うるせえな新島。今から伝えるんだよ」


 番場が舌打ちをして「シッシッ」と手で払う真似をした。


 俺は警戒しながら新島という女子生徒を観察した。

 ピンク色に染めた髪をサイドテールにして揺らしている。身長はおそらく俺よりも頭1つぶん低いはずだ。だが番場に物怖じしない態度を見るに、一番隊でもそれなりの地位にいる不良なのだろう。


 俺の肩に手を置いて体育館を眺めていた小島が、「うげえ」と吐く真似をした。


「あいつら意味分かんねえよ……根性焼きして爆笑してるぞ……?」


「や、やはり是武羅は何とかしなくてはいけないようですね。あんなのがのさばっていたら、学校生活がめちゃくちゃになってしまいます」


「何とかするってどうするの……!? ちょっと怖すぎるんですけど……」


 3人ともドン引きしてしまったようである。


 しかし俺は彼らを無視してアリーナを凝視していた。とりあえず一番隊の規模感は分かったので、連中1人1人の顔や特徴を記憶しておこう。


 番場が不良たちを一瞥して言った。


「まあ、そういうわけだ。目沢たちがやられた借りは絶対に返さなきゃならねえ」


 ギンギツネよりもあいつのほうが目沢にヒドイことをしたと思うのだが。

 しかしツッコミを入れる者は1人もいなかった。


「相手の情報は少ないが、一番隊の威信をかけてひっ捕らえるぞ。よく働いてくれたやつにはご褒美をやる。他の隊にバレないようにやれ、分かったな?」


「「「分かりました、隊長!」」」


 不良たちが声を揃えて叫んだ。威勢だけはいいようだが、手がかりは皆無なので平定者に辿り着けるわけがない。まったくもってご苦労なことである。


 だが現状、目沢も含めてまったく凝りていないようだ。

 やつらを完全に平定するためには、目沢のような下っ端だけではなくヤスや番場、あるいは総長である鷹谷たかや京志郎きょうしろうを退治しなければならないようだ。まだまだ先は長いが、千夜との学校生活のために頑張るしかない。


「ねえ番場、張り切ってるところ水を差すみたいでアレなんだけどぉ」


 不意に新島が甘ったるい声で言った。


「何だ新島」


「上で見てるやつら、放っておいていいの?」


 秋山さんが「ええっ!?」と大声をあげた。十和田とわださんが「ばか!」と秋山さんの口に手を添えたが、時すでに遅かった。俺たちが潜んでいることは完全にバレてしまったようで、番場やヤス、下っ端の不良たちも2階の観客席を見上げる。


「な、何だあいつら!?」


「テメエどこのグループのモンだ!?」


「盗み聞きしてやがったのか!」


 俺は溜息を吐きたい気分になった。

 まさか気づかれていたとは。

 あの新島という女子生徒、意外と侮れないかもしれないな。

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