第10話 潜入調査
チャイムが鳴る。
帰りのホームルームが終わって放課となったのだ。クラスのあちこちから「やっと終わったー」という歓喜の声が聞こえてくる。
それもそのはずで、午後の授業はほとんど筆記テストだったのである。
入学前に出されていた課題をちゃんと理解しているかを問う問題だ。
初っ端から大仕事だったが、小島によれば、どこの高校も入学式翌日はテストを行うことが多いのだそうだ。
「それじゃあ、今日はこれで終わりだ。寄り道しないで帰れよー」
担任教師の浅田先生が、気の抜けた忠告を残して去っていった。
クラスメートたちも荷物をまとめて立ち上がる。
「笹川、今日のテストどうだった?」
前の席の小島が振り返った。その顔には疲労の色がにじんでいる。
「壊滅だな。勉強はしてなかったから無理はない」
「だよな~。何だアレ、明らかに課題よりも難しいじゃん」
といっても英語だけはおそらく満点に近い。海外生活が長かったため、外国語だけは得意なのである。
「
「それは言っても仕方ないだろ。大人しくするしかない」
「まあそうだな。で、笹川はこれからどうすんの? 来週から部活動見学とかあるみたいだけど、今から何部があるのか調べとく?」
それも楽しそうだったが、俺には十和田さんとの用事があるのだ。
断ろうとしたところで、ぱたぱたと近づいてくる気配を察知した。
「笹川くん! この後ヒマかな?」
そこには栗色の髪の少女、秋山さんが立っていた。胸元に手を添え、ちょっと緊張した面持ちで俺を見下ろしている。
「どうしたんだ?」
「昨日は親睦会ができなかったし、今日はどうかなあって。これから皆に声をかけようかと思ってるんだけど……笹川くんはどうかな?」
「悪い。実はこの後予定があるんだ」
小島が冷やかすような笑顔になった。
「何だ? 彼女とデートでもするのか?」
「えっ……笹川くん、彼女いたの!?」
「いない。別の用事だ」
「な、何だ……」
秋山さんは何故か安心したように胸を撫で下ろした。
それにしても彼女か……普通の高校生活を満喫するという観点から考えると、いつか恋人を作るのも吝かではないな。
でも恋人ってどうやって作るのだろうか? まずは誰かを好きになる必要があるのだろうけど、今のところ好きな人は特にいない。道のりは長そうだった。
「えっと……じゃあ、大丈夫そうな日付ってあるかな? 来週は部活動見学が始まっちゃうし、今週中とかにできたらいいなーって」
「秋山さん、やけに笹川にこだわるね? 昨日はクラス全体に呼びかけたのに、何で今日は笹川の予定から聞いたんだ?」
「ち、近くにいたからだよ! 変な意味じゃないから!」
俺は小島と秋山さんのやり取りを横で見つめながら考える。
今日は火曜日だ。明日は千夜と買い物に行く予定があるから、行けるとしたら明後日以降になるだろうか。
「木曜日か金曜日なら大丈夫だ。他の参加者が多そうな日にしてくれると嬉しい」
「うん、分かった! 他のみんなにも聞いてみるよ!」
隣で小島が「オレには予定聞いてくれないの~?」と嘆きの声を漏らしていたが、聞こえていないらしかった。
秋山さんは何故か嬉しそうな表情で踵を返す。
しかしその瞬間、後ろに立っていた人物にぶつかりそうになってしまった。
「あ、ごめんね
「邪魔でした。あなたがずっと笹川くんと話していたので」
十和田さんは秋山さんを押しのけると、ずんずんと俺に近づいてくる。
教室の男子たちが何事かと彼女の一挙手一投足に注目している気配がした。流石といったところか、すでに何人かのクラスメートの心を射止めているようだ。
「笹川くん、準備はできていますか?」
「ああ。別に準備することなんて何もないが」
「心構えを言ってるんですよ。怖気づいてるんじゃないかと思いまして」
「心配ありがとう。だが問題はない」
俺は荷物をまとめて立ち上がった。
十和田さんによれば、番場たちの会合は午後4時から行われるらしい。だいたいあと30分くらいだ。やつらよりも早く体育館に潜入しておく必要があるため、今から動き出さなければ間に合わない。
「え? 笹川、十和田さんとどこ行くんだ……?」
小島が目を丸くしていた。
秋山さんも何故か動揺した様子である。
「大したことじゃない。すぐに終わるはずだ」
「無駄話をしている時間はありません。行きましょう、笹川くん」
「ああ」
十和田さんがスタスタと歩き始めたので、慌ててその後を追った。残された2人……特に秋山さんが、呆然と固まっていたのが印象的だった。いったいどうしたのだろうか?
□■□■□
黒浪学園は1200人もの生徒数を誇る巨大な学校だ。
必然的に敷地も広大となる。体育館だけで3つもあるという話だが、今回是武羅の会合が行われるのは、体育の授業でもっともよく使われるという第1体育館だ。
俺たちは抜き足差し足で体育館に侵入する。
中はしんと静まり返っていた。まだ是武羅の連中は来ていないようだ。
「2階の観客席に行きましょうか。壁で身を隠すこともできるはずです」
「分かった」
俺たちはいったんアリーナを出ると、エントランスを通って階段をのぼり、2階の観客席に移動した。
端っこの壁際に身を潜め、入り口のあたりを見張る。目標時刻まであと5分。ここで見張っていれば、番場やヤスたちが来たことがすぐに分かる。
「……十和田さんって部活とかどうするんだ?」
「はい?」
「いや、ただの世間話のつもりだったんだが」
できることなら十和田さんとも仲良くなりたかった。せっかくこうして接点ができたのだから、あわよくば友達になりたいところである。
「どうでもいいじゃないですか。笹川くんには関係のないことです」
「それはそうだが」
「そんなことより集中してください。もうすぐのはずですから」
素っ気なく返されてしまった。十和田さんにはどこか人を寄せ付けないオーラが漂っている。友達なんていらないと思っているタイプの人間なのだろうか。
とりあえず今は十和田さんの言う通り目の前のことに集中しよう。
だが……俺には気になることがあった。
「十和田さん。確認しておきたいことがある」
「何ですか? 部活なら教えませんよ」
「そうじゃない。後ろにいる2人は十和田さんが呼んだのか?」
「え?」
その瞬間、背後の物陰でごそごそと誰かが動く気配がした。
ばつが悪そうな表情で現れたのは、秋山さんと小島のコンビである。俺たちが教室を出発した時点から尾行をしていたのだが、十和田さんは気づいていなかったらしい。
「なっ……どうしてあなたたちがいるのですか!」
「わあ、ごめん十和田さん! その、だって、気になっちゃって……」
「そーそー、笹川が意味深なこと言うからさあ。尾行しないわけにはいかないじゃん?」
そんなに意味深なことを言っただろうか?
記憶を辿っても思い当たる節がなかった。
十和田さんは「はぁ」とこれみよがしに溜息を吐いた。
「私と笹川くんは大事な用があるんです。ここにいたら危険ですから、迅速にお帰りすることをオススメしますよ」
「でも十和田さん、こんなところで何するつもりなの……?」
「それは……」
十和田さんが言いかけた時、体育館の入口あたりが騒がしくなった。
ほどなくして、改造した学ランを着た生徒たち――是武羅のメンバーがアリーナに入ってくる。
「な、何で是武羅の人たちが……!?」
「まさかお前ら……」
秋山さんと小島が驚愕の目で十和田さんを見つめる。
「そうです。是武羅の会合に潜入して情報収集するつもりだったんですよ」
「ええー!?」
「声が大きい!」
十和田さんは慌てて秋山さんの口を塞いだ。
とにかく、やつらの会合をしっかり観察させてもらわなければならない。
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