第9話 学年首席
「
「ひゃっ!?」
背後から声をかけた瞬間、十和田さんはビクリと飛び跳ねて振り返った。
番場が一瞬だけ不審そうにこちらを見たが、ギリギリ柱に身を隠せたので気づかれなかったようだ。
十和田さんは俺の姿を確認すると、
「ま、まさか
「違う。クラスメートの笹川だ」
「はあ……?」
十和田さんはしばらく記憶を探る素振りを見せたが、結局思い出すことはできなかったらしい。
「いましたっけ、あなたみたいな人」
「いたんだけどな……」
まあ、入学式から1日しか経っていないのだ。クラスメートの顔をこと細かに把握しておけというのが無理な相談である。ましてや俺は地味な部類の生徒だろうし。
そう考えてみると、俺のことを覚えてくれていた秋山さんはとんでもなくスゴイ。
「……それで、何かご用ですか? 私は今忙しいのですが」
「十和田さんが何をしているのか気になってな。あそこにいるのは昨日クラスに突撃してきた是武羅の連中だろ?」
十和田さんは「はあ」と溜息を吐いた。
そういう仕草ですらいちいち様になっている。なんというか、立ち居振る舞いが上品なのだ。冷静に考えれば覗きなんて下品もいいところなのだが。
「そうですね。あれは私たちから不当にお金を徴収した不良たちです。取り返してやるために情報を探っているんですよ」
「取り返す? 本気で言っているのか?」
「本気に決まっているじゃないですか。あんな横暴が許されていいわけがありません」
十和田さんの目はマジだった。
安藤がボコボコにされたのを見ているはずなのに、怖がっている様子はない。いや、恐怖は感じているが、彼女の正義感が屈することを許さなかったのだろう。
「……俺も是武羅のやり方は気に食わないと思っている。だが、取り返すのは現実的ではないと思う」
「どうしてですか?」
「相手が多きすぎるからだ。是武羅を敵に回したら、この学校じゃ生きていけない」
「だから、そのすべてを解決する方法を探ってるんじゃないですか。ここで泣き寝入りしたら今後3年間、毎週1000円を支払うことになるんですよ?」
「それはそうだが」
十和田さんの考えには一理ある。
問題は取り返す方法が見つかるかどうかだが。
どうするべきか悩んでいると、ヤスと番場の話し声がこっちまで聞こえてきた。
「――どうします? やっぱり総長に報告しますか?」
「いや。まだいい。俺たちで片付けちまえば終わる話だ」
「でも目沢たちをヤったギンギツネの野郎、是武羅全体を狙ってるらしいっすよ? 総長にバレるのも時間の問題じゃないっすか」
どうやら昨日の一件の会議をしているようだ。
それにしてもギンギツネか……随分とカッコいい渾名を与えられたものである。まあ、俺としては平定者と呼ばれたかったんだけどな。日本の漫画でそういうのがあったから。
「ヤス、お前は分かってねえな。ギンギツネは最初に一番隊にケンカを売ってきたんだ。総長に何か言われる前にぶっ潰してやらなきゃ面目が丸潰れなんだよ」
「なるほど……じゃあ、今日の会合で通達しますね!」
「ああ」
ヤスと番場は席を立つと、ポケットに手を突っ込んで歩き始める。俺と十和田さんは慌てて柱の陰に身を隠した。
すれ違いざま、2人の会話が聞こえてきた。
「しっかし、何者なんですかねえ? ギンギツネってやつは」
「
「
「さあな。相手が何であれ叩き潰すまでだ。是武羅に盾突いたやつは、例外なく半殺しにしてやる」
ヤスと番場は曲がり角の向こうに姿を消した。気配が完全になくなったのを確認すると、十和田さんは「はあ」と安心したように一息つく。
「行きましたね。どうやら是武羅の内部でもごたごたがあるようです」
「ギンギツネとか言ってたな。いったい何者なんだろうか」
十和田が何故か俺を見つめてきた。
白々しい雰囲気が出てしまっただろうか。
「……笹山くん、でしたか?」
「笹川だ」
「ごめんなさい笹川くん。……あなたも是武羅を何とかしたいんですよね?」
俺は頷いておいた。
千夜に平和な学園生活を送ってもらうためには、やつらにいなくなってもらう必要があるからだ。
「では、私に協力してください。一緒に是武羅の弱点を暴きましょう」
「……何故俺を誘うんだ?」
「理由は2つあります。1つ目は、あなたが他のクラスメートと違ってそれほど是武羅に対して恐怖心を抱いているように見えなかったから」
まずい。十和田さんは観察眼に長けている。
だが今更取り繕ってもお笑いにしかならないため、否定はしなかった。
「確かにな。鈍いだけなのかもしれないが」
「その頬の傷は殴られた痕ですよね? たぶん是武羅絡みじゃないですか?」
「まあ……」
「是武羅に殴られて恐怖を感じないならば、たとえ鈍感なのだとしても十分にすごいですよ。ド級の鈍感、ド鈍感です」
褒められているのかよく分からなかった。
とはいえ、鈍感なのは確かである。いちいち痛みに悶えていては傭兵なんてやっていられないからだ。
「2つ目の理由は?」
「あなたが私に話しかけてきたからです」
「それだけ?」
「はい。今から別の人に協力を仰ぐのはタイムロスとなります」
十和田さんはかなり効率的に動く人間のようだった。そうでなければ首席になんてなれないのかもしれないな。
とにかく、俺はここで選択を迫られたというわけだ。
十和田さんと一緒に是武羅を調査するか、十和田さんと訣別して一般生徒として振る舞うか。十和田さんに倣って効率という観点から考えるならば、俺が取るべき選択肢は――
「……分かった。協力しよう」
「ありがとうございます。それでは学園の秩序を回復するために頑張りましょう」
「ああ、こちらこそよろしく」
俺は右手を差し出した。
しかし十和田さんは「ぷい」とそっぽを向いてしまった。
「握手してくれないのか?」
「……そういうことを男女でするのはよくないと思います。私と笹川くんはただのクラスメートですので」
よく分からない理由だったが、十和田さんが嫌というならば仕方ない。俺は右手を引っ込めてポケットに突っ込んだ。
「で、どうするんだ? こうやって盗み聞きをして回るのか?」
「盗み聞きとは人聞きが悪いですね。情報収集と言ってほしいです」
十和田さんはムッとした様子で俺を見上げた。
思っていたよりも感情表現が豊かな人である。
「今後の方針ならすでに考えてあります。先ほど2人の会話を聞いて判明したのですが、今日の放課後、是武羅一番隊はギンギツネに対抗するための話し合いを行うそうです。場所は第1体育館」
「なるほど。いや、まさか……」
十和田さんはいたって真面目な表情で宣言するのだった。
「そのまさかです。一番隊の会合に潜入して、彼らの弱点を探りましょう」
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