第8話 連絡先交換
さて、まずやるべきことは情報収集である。
「よお笹川……って、どうしたんだその顔?」
「まあ、ちょっと色々あってな……」
教室に入った途端、小島がびっくりした様子で話しかけてきた。
俺の左頬にはそれなりに大きなガーゼが貼られている。事情を知らない者が見たら何事かと思うだろう。
「まさか是武羅にやられたのか? 殴られたって感じだぞ……うわ、痛そ」
「そのまさかだ。普通に道を歩いていたら、やつらに絡まれてひどい目にあった」
「げえ……マジかよ……」
小島が嫌そうに顔をしかめた。
「俺を殴った
「最悪すぎね? オレたちに全裸で街を歩けって言うのかよ」
「そこは私服でいいだろ」
小島は「そりゃそうか」と笑った。
「でも笹川、一発ですんで良かったな。ほら見ろよ、安藤のやつ。顔面ボコボコだぜ? あれで今日も登校する気になったのは偉いけどなあ……」
小島に促されて斜め右の席を見る。
机で頬杖をついて座っているのは、昨日是武羅の一番隊――ヤスや
取り巻きの
「あっ……! 笹川くん!」
教室の後ろの扉から秋山さんが入ってきた。家は近いが、一緒に登校しようと約束しているわけでもないのでタイミングは別々だ。
秋山さんは俺の顔を見るなり、眉を八の字にして泣きそうになった。
「無事だった!? あの後、ちゃんと逃げられたって聞いたけど……」
「俺は問題ない。秋山さんこそ大丈夫だったか?」
「私は大丈夫だったけど……でもその顔、やっぱり殴られたんだよね……?」
秋山さんが心配そうに見つめてくる。
口が裂けても「自分でやりました」などとは言えなかった。
「笹川、秋山さんと何かあったのか?」
小島が不審そうに声をかけてきた。周囲を見渡してみれば、クラスメートたちが興味深そうに俺たちを見つめている。
秋山さんもそれに気づいたのか、ちょこん、と俺の制服の裾をつまんで見上げてきた。
「ちょっと来て? 話したいことがあるから……」
「分かった。じゃあ廊下に出よう」
俺は小島に手を振ると、秋山さんに連れられて教室を出た。1年1組は1階の一番端っこにあるため、廊下の奥まで行ってしまえば人通りはほぼない。
秋山さんは辺りをきょろきょろ見渡してから口火を切った。
「ごめんね。あたしのせいであんなことになっちゃって」
「あれは秋山さんのせいじゃない。是武羅のやつらが悪いんだ」
「そうだとしても、笹川くんには迷惑かけちゃったから。あたしのこと守ってくれたよね? 怪我までして……」
一瞬、平定者のことを言われたのかと思ってひやりとしたが、違うようだ。秋山さんが言っているのは、俺が目沢たちを引きつけて走り出したことだろう。
あまり罪悪感を抱かれても困るので、俺は話題を変えることにした。
「あの後何がどうなったんだ? 秋山さんは無事逃げられたんだよな?」
「うん。実はあの後、あたしも笹川くんを追いかけたんだけど……追いついた時には、是武羅の人たちがやられちゃってたの」
「そうなのか?」
一応、驚いた反応を見せておく。
「うん。狐の仮面をかぶった銀髪の人がいて、是武羅の人たちをやっつけちゃったみたいで。自分のことを平定者って呼んでたけど、あの人誰だったのかな……?」
「そいつも怪しいな。気をつけたほうがいいぞ」
「そうだね……不良じゃないけど、変質者って感じがしたから。あんなお面つけて不良を退治しちゃうなんて、変だよ」
「…………」
決めた。
絶対に正体は明かさないようにしよう。
ちなみに、今後平定者として活動する際には狐の仮面と銀髪ウィッグを装着することが確定している。あの姿を目沢たちに印象づけてしまったからだ。
変装を固定する必要はあるのか? という疑問もあったが、平定者という存在をやつらにアピールすることで、平定を恐れて更生する者も出てくるのではないか……という目論見もあった。
俺はべつにケンカをしたいわけじゃない。ヤンキーどもの数が少なくなるならば、それで満足なのである。
だから俺は狐の平定者として活動していかなければならない。
「とにかく無事でよかった。これからは是武羅に目をつけられないように気をつけないとな」
「う、うん。そこで相談なんですけれども……」
秋山さんは何故かモジモジした様子でスマホを取り出した。
「よかったらLINE教えてくれない?」
「ん?」
「ほら、また是武羅に襲われたら大変じゃん? その顔の怪我もあたしの責任だし……色々と情報交換できたらなあって……い、いいかな?」
胸がドキリとした。
クラスメートとLINEの連絡先を交換するなんて、ちょっと前までは考えられなかったことだ。あまりの嬉しさに喜びの舞いを舞いたくなってくるほどである。
「分かった。これからよろしく頼む」
「あ、ありがとう……!」
スマホを取り出して連絡先を交換する。QRコードだの何だので手こずってしまったが、秋山さんに教えてもらって何とか完了。
これで秋山さんに連絡取り放題だな。
でもいったいどんなメッセージを送ればいいんだ? 調子に乗って送りまくったら迷惑だろうか? そもそも最近の高校生ってSNSで何をするのだろうか? しりとり? ダメだ全然分からん。後で千夜に色々と教えてもらおう。
「何かあったらすぐに連絡するね! この学校ってちょっと危ないみたいだし、助け合っていかないとだから」
そうだな。用がある時にだけ連絡したほうがいいな。浮かれてメッセージを送りまくりたい気分だったが、よくよく考えてみればウザがられる可能性もある。
しかし秋山さんは、俺から少し目を逸らし、人差し指で髪をいじりながら言った。
「……本当にありがとね。一緒にいたのが笹川くんでよかった」
「そ、そうか?」
「うん。じゃあまた後でね!」
秋山さんは俺の横を通り過ぎ、教室に向かって小走りで去っていった。
ホームルームが始まるまであと5分くらいだろうか。俺も教室に戻って準備をしなければならない。是武羅の平定も大事だが、学園生活を満喫するのも大事なのだ。
「ん?」
その時ふと、窓の外に見覚えのある人物を発見した。
昨日1年1組の教室に乗り込んできた是武羅の連中である。ドレッドヘアーの番場と、強面リーゼントの男子生徒、ヤス。
中庭に設置されたテーブルで何かを話し合っているようだ。
そしてさらに後方、柱の影から番場たちの様子をうかがっている影が一つ。
「あの人は……
1年1組26番。色白で金髪ロングの学年首席様だった。
人の容姿についてあれこれ言うのはどうかと思うが、十和田さんは十人いたら九人以上が「美少女」と評するのではないだろうか。おそらく北欧系の血を引いているのだと思うが……。
いやそんなことよりも。
何故十和田さんが番場たちを覗き見しているのだろうか?
もうすぐホームルームも始まるというのに。
「……調べてみる必要があるな」
俺は廊下の窓から中庭へ出ると、生垣に身を隠しながら十和田さんのほうへ近づいていった。
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