第6話 平定者

「……は? 今なんて言った、てめえ」


「秋山さんから離れろって言ったんだ。聞こえなかったのか?」


 是武羅ゼブラたちはポカンとした様子で固まっていた。

 今の今まで「怖くて動けない無力な男子生徒」を演じていたため、彼らも俺が言葉を発するとは思ってもいなかったのだろう。


「さ、笹川くん……!?」


「大丈夫だ、秋山さん。こいつらは俺が何とかする」


「でも……!」


「友達をたくさん作るんだろ? 俺はその夢を応援してるんだ」


 秋山さんの涙に濡れた瞳が見開かれていった。

 UFOでも目撃したかのような目で見つめられる。

 確かに狂気の沙汰だ。屈強な(ように見える)不良4人を相手に啖呵を切るなんて、普通じゃない。


 実際、廃ビルを震わせるほどの爆笑が響きわたった。

 是武羅の連中が腹を抱えて笑ったのだ。


「ぎゃははは! 目沢めざわさん、こいつバカですよ!」


「正義のヒーロー気取りですかぁ!?」


「こいつぁ傑作だ! 目沢さん、ボコしちまいますか!?」


 目沢も爆笑していたが、不意に表情を無に戻し、ゆっくりと俺に向かって近づいてきた。ひとまず秋山さんが解放されたよなので一安心。上手く俺に注意を向けることができたようだ。


「……テメエ、名前は?」


「1年1組18番、笹川ささがわ廉太郎れんたろう


「そうかよ。さっきからずっと気になってたんだが、こいつはテメエの女か?」


 今日会ったばかりのクラスメートだ。

 しかし、秋山さんの願いには全面的に共感できる。だから多少はバレるリスクを冒してでも助けなければならなかった。


「秋山さんは、俺の友達だ」


「けっ、そうかよ。じゃあテメエも一緒に――グボアッ?!」


 目沢が何かを言うよりも早く、その顔面に拳を叩きつけてやった。

 鼻っ柱を打たれた目沢はその場に立ち尽くし、信じられないといった表情で俺を見つめてくる。


 つつー……と、鼻から血があふれてきた。


 一般人のヤワな拳であることを強調するため力は籠めなかったが、加減に失敗したらしい。あるいは目沢の肉体が俺の想像を超えて貧弱だったのだろうか。


 しばらく目沢は呆然としていた。

 しかし、すぐに烈火のごとく怒りをあらわにした。


「て、テメエエエエエエエエエエエエ!! ぶっ殺してやる!!」


「やれるものならやってみろ!」


 目沢の拳をギリギリのところで躱した。なるべく実力ではなく偶然回避に成功した雰囲気を演出することも忘れない。俺はよろめく演技をしながら踵を返すと、廃ビルの別の部屋に向かって猛ダッシュを始めた。


「さ、笹川くん!? どこに行くの……!?」


「こいつらは俺が引きつける! その隙に秋山さんは逃げてくれ!」


 俺はちらりと背後を振り返った。

 目沢をはじめとした是武羅の不良どもは、猿のような喚き声をあげながら俺を追いかけてきている。作戦通り、秋山さんのことは完全に忘れてくれたらしい。


「舐めてんのかオラアア! よくもやってくれたな笹川、ぜってぇぶっ殺すッ!!」


 下品な罵声だ。是武羅の連中には理性というものが存在しない。つまり黒浪学園は動物園みたいなものだ。俺の大切な人を――妹の千夜を、そういう野蛮な場所に通わせるわけにはいかない。


 それはさておき、ここからどうしようか。

 追跡してきている連中をどうにかしなければならないが、笹川廉太郎の姿のまま撃退すれば角が立つ。今後の学園生活にも支障をきたすだろう。


 そのために必要なのは、別の人間として振る舞うことだ。

 つまり変装してやつらを『平定』しなければならない。


「ちくしょう、あいつ脚が速すぎる! 逃げ足だけは一丁前だなクソ野郎!」


 廃ビルの内部は入り組んでいた。ゲリラ生活で養った足腰を駆使して目沢たちを振り払った俺は、「倉庫」というプレートが書かれた部屋に飛び込んだ。


 そこには大量の段ボール箱が積まれている。開けてみれば、何かのイベントでも行われたのだろうか、パーティー用のグッズがぎっしりと詰まっていた。


「……これは使えそうだな」


 段ボールから取り出したのは、狐のお面である。

 それと銀髪のウィッグ。


 この2つを併用すれば、正体を隠すことができそうだった。

 できれば服装も変更したかったが、さすがに着替えている時間はなさそうなので、俺はお面と銀髪ウィッグを装着して倉庫から出る。


 すると、ちょうど曲がり角から目沢たちが現れた。


「あァ!? 何だてめえは! 笹川か……!?」


「そんなやつは知らない」


 俺は意識的に声を少し低くしていた。傭兵時代にはスパイとして雇われることもあったため、地声を変更する技術も磨いていたのだ。背丈は笹川廉太郎と似ていても、声が違ったら別人と判断するしかない。


「ちっ……笹川じゃねえのかよ。だがテメエ、黒浪くろなみの生徒だよな? ここが是武羅一番隊・目沢班のシマだって分かって入ってきたのか? だいたいその仮面は何だよ? サーカス団の一員か?」


「質問が多すぎるな。自分の頭で考えてみたらどうだ?」


 フン、と鼻で笑ってやった。

 この手のタイプは単純な挑発がよく効くのである。

 実際、目沢はピキピキと血管を浮かび上がらせて激怒した。


「ふざけやがって! テメエからぶっ殺してやる!」


 目沢が大振りな動きで突進してきた。

 俺はそれを紙一重のところで回避すると、やつの顎にアッパーカットをお見舞いしてやった。


 数カ月ぶりに味わう、人を殴った感触。

 しかし相手は熟練のゲリラ兵ではなくただの不良だ。やりすぎたら死んでしまうため、力は10パーセント程度に抑えておかなければならない。


「がはっ……」


 目沢はそのまま上方に吹き飛ばされ、ガツンと天井に頭を打ちつけてから落下した。床に這いつくばり、充血した目でこちらを睨み上げてくる。


「な、何をしやがったッ……!?」


 答えてやる義理はなかった。

 そのかわりに俺は、頭の中で今後のプランを練り上げていく。


 最終的な目標は是武羅を壊滅させ、黒浪学園を平定することだ。そのために必要なことを1つ1つ計算していった結果、自ずと導き出されるのは単純明快な答えだった。


「俺は平定者だ。これから是武羅を壊滅させる」


「何だと……!?」


「お前たちはやり過ぎている。だからここで平定させてもらおう」


 安藤みたいにボコボコにされる生徒がいなくなるように。

 秋山さんのように涙を流す生徒がいなくなるように。

 そして何より、妹が安心して学園に通えるように。


 だから俺は、平定者としてやつらを平定する。ちょっと中二病すぎる気もするが、インパクトを与えるためにはこれくらいがちょうどいいだろう。


「ふざけんじゃねえ! お前ら、やっちまえ!」


「は、はいっ!」


 取り巻きのモヒカン、リーゼント、アフロが襲いかかってきた。

 しかし戦地で動体視力を鍛えた俺にとっては、欠伸が出るほど遅く見える。


「ぐがッ」


「あぎっ」


「げはっ……」


 すれ違いざまにモヒカンの頬をぶん殴る。

 リーゼントが背後から鉄パイプを振り下ろしてきたので即座に回りこみ、後頭部に回し蹴りを叩き込んでやった。

 その隙に俺の頬を狙って拳を繰り出してきたアフロ。しかし寸前で避け、やつの腹部にカウンターをぶち込む。


 取り巻きたちはその場に倒れ伏して動かなくなってしまう。

 もちろん意識は残してある。平定者である俺のことを記憶に焼きつける必要があるからだ。


「な、ななな……何なんだよお前……!? どこのグループのもんだ!?  努爾哈赤ヌルハチか!? それとも暗黒狂仁会あんこくきょうじんかいか……!?」


「何だそれは」


 目沢は床に這いつくばったまま吼えていた。天井に頭をぶつけたダメージから回復していないようだ。


 俺は狐の仮面がずれていないことを確認しながら、


「やめろ! 来るな! 俺に手を出したらどうなるか分かってるのか!? 是武羅一番隊隊長、〝鬼の番場〟が黙っちゃいねえぞ!?」


「関係ない。お前はそこで反省していろ」


「ひいいいいっ!」


 ドムッ。


 下腹部に蹴りを入れてやると、目沢の身体は風に吹かれたように飛んでいった。完全に気を失ってしまったらしく、白目を剥いたまま立ち上がる気配がない。


 俺は未だに這いつくばっている取り巻き三人に目を向け、なるべく低い声で言ってやった。


「……笹川と秋山には手を出すな。次やったら命はないと思え」

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