第5話 リンチ
「ね、ねえ
「さあな。でも今は大人しく従うしかない」
俺と秋山さんは
ならば武力で彼らを制圧してしまうか。しかしその場合、俺の正体が秋山さんにバレて大変なことになる。今後の平穏な学園生活のためにも俺=ならず物の傭兵という等式は極力隠し通さなければならなかった。
「着いたぜ。ほら、はやく入れよ」
角刈りに尻を蹴られる。そこはひと気のない廃ビルだった。立ち入り禁止と書かれた札がかけられていたが、角刈りたちは気にせず敷地に足を踏み入れていく。
秋山さんが不安そうに俺の顔を見上げた。
この人のことは何があっても守らなければならない。俺を友達と認めてくれた、かけがえのないクラスメートなのだから。
「俺たちは是武羅一番隊・
「そーそー、お前らが森地を歩きたかったら、まずは俺たちに挨拶しなくちゃなんねーんだよ」
「だってのにテメエ、よくも目沢班の班長である目沢さんに無礼を働いてくれたな?」
目沢というのはリーダー格っぽい角刈りの男のことだろう。
その目沢が、至近距離で秋山さんにガンを飛ばして言った。
「……なあ、自分が何したか分かってるのか? 挨拶どころの騒ぎじゃねえぞ?」
「ご、ごめんなさ……」
「ごめんですめば警察はいらねえよ? さてはテメエ、頭悪いな?」
秋山さんは恐怖のあまり震えることしかできない。
こいつらは人を脅かすことしか考えていないのだろうか。
それからしばらく歩かされ、廃ビルのエントランスホールと思しき場所に連れていかれた。中央には学校の机が乱雑に並べられ、タバコの吸い殻やビールの缶が無造作に放られている。やつらがここで好き放題やっていることは明らかだった。
「テメエら、そこに座れ」
「きゃっ」
目沢が秋山さんを突き飛ばした。俺も力尽くでその場に座らせられる。
「……さて、俺は気分が悪い。お気に入りの特攻服がお釈迦になっちまった。これから卒業まで、俺はアイス塗れの服で是武羅の活動をしなくちゃならねえ」
「あ、洗います! ちゃんと綺麗にしますから……」
「はァ? 洗ったからって自分の罪が無かったことになるわけじゃねーだろ」
ひひひひ、と目沢の取り巻きたちが笑っている。こいつらは俺たちを甚振って楽しんでいるのだ。
「いいか、お前たちに選択肢をやるよ」
「選択肢……ですか……?」
「1、この場で俺たちにタコ殴りにされる。2、弁償代10万円を払う。3、てめえが俺たちの女になる。……よく見りゃカワイイ顔してるからな、3がオススメだぜ?」
「っ……」
秋山さんは真っ青になって震えていた。目沢たちの要求は度を越している。警察に通報できればいいのだが……しかし、この場でスマホを操作する素振りを見せれば確実にタコ殴りにされるだろう。
俺がこの状況でとれる選択肢はいったい何だろうか。
もちろん目沢が提示した1から3は有り得ないし……。
「目沢さん、3にしましょうよ。俺、この子けっこうタイプかも」
「あ、俺も俺も!」
「実は昨日から抜いてなかったんすよ、俺」
不良どもが奇声じみた哄笑を響かせる。
秋山さんの恐怖は限界に達してしまったようだ。
目元に涙が浮かび、懇願するように声を漏らす。
「ご、ごめん、なさい……本当にごめんなさい。10万円を払うのは……無理ですけど、服をちゃんと洗いますので、もうちょっと金額を少なくしていただけませんか……?」
「分かってねえなあ、オマエ」
目沢はしゃがんで秋元さんに目線を合わせると、彼女の栗色の髪をガシッと握りしめて笑った。
「黒浪のルールを知ってるか?」
「ルール……?」
「黒浪に入学した時点で是武羅の舎弟だ。テメエら、総長の恩恵でほとんどタダでオベンキョーしてるんだぞ? 是武羅に感謝を捧げて奉仕するのは当然じゃねえかよ」
横にいても分かるが、目沢の口からはタバコの嫌な臭いがした。
こいつの語る論理は荒唐無稽だが、是武羅の連中がそれを信じて悪事を働いていることがよく分かった。
黒浪学園には平和はない。
ちょっと是武羅に見咎められれば、想像を絶する苦痛を味わわされることになる。
これじゃあ紛争地帯とそんなに変わらないじゃないか。
ただ1つ、違うことがあるとすれば。
是武羅の連中は、他国の正規軍やテロリストと比べて大して強くないという点だ。
「……わ、私……学校が楽しみだったんです」
「あ?」
「中学の時は病気で全然学校行けなかったから。今度こそ友達をたくさん作ろうって思って……」
秋山さんは涙をこぼしながら語った。
その気持ちは痛いほどに分かる。俺も小さい頃から傭兵として世界を駆け巡っていたため、同年代の友達を作ることができなかった。だから仕事から解放された今、黒浪学園で平和で普通な生活を送りたいと思っている。
「お金も払えないし、その、先輩たちのものになるのも無理ですけど……だけど、今回だけは見逃してくれませんか。私は……高校生活の思い出を、作りたいんです」
ぽろぽろと涙が落ち、廃ビルの埃っぽい床に染みを作っていった。
俺は自分の心が動かされていくのを感じた。
彼女の想いが踏みにじられていいはずがないのだ。
だが、これを聞いた目沢は――
「――だから何? それとこれとは別だよな?」
まったく動じていなかった。
その目には、獲物を狙う獣のような光だけが輝いている。
「俺が親切に3つも選択肢を出してやってんのに、何でそれ以上を要求しようとするんだよ? ははあん、さてはテメエ、数学ができねえな? 3は3っつったら3なんだよ。生徒が勝手に4にしていいわけねえだろ?」
たとえがまったく理解できなかった。
シンプルにこの男の知能が低いのかもしれない。
「目沢さん、もうヤっちゃいましょうよ」
「こいつは金を払う気もねーんですわ」
「……それもそうだな。そろそろ潮時か」
不良たちは泣き叫ぶ秋山さんを取り囲んでいく。
戦地から離れ、平和な世界に戻ってきたと思ったのにこれだ。
この学園は腐り果てている。
来年には妹の千夜も入学する予定だったが、こんな腐った学び舎に入学させるわけにはいかないかった。千夜は純真無垢な子だから、不良どもの悪行を見たら気を失ってしまうに決まっていた。
だから、それまでに俺が何とかしなければならない。
是武羅を平定しておかなければならない。
「――やめろ。秋山さんにそれ以上手を出すな」
これ以上黙っているわけにはいかず、俺はついに口を開いた。
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