第4話 一緒に下校
「あれ、
電車から降りた瞬間、びっくりした顔でこちらを見つめている秋山さんを発見した。どうやら同じ電車の別の車両に乗っていたらしい。
秋山さんはちょっと気まずそうに照れ笑いしながら近づいてきた。
「あははー、今日はごめんねー。言い出しっぺはあたしなのに……」
「あんなことがあった後だしな。そういう気になれないのは当然だ」
「また別の日に行けたらいいねえ」
本当は放課後に懇親会をする予定だったが、カツアゲされた後に盛り上がるのは不可能だった。秋山さんの判断で延期となったのである。俺たちはそのまま陰鬱な雰囲気のまま解散して帰宅することになった。
秋山さんと2人並んで森地駅のホームを歩く。
まさか最寄り駅が同じだとは思わなかった。女子と下校なんて初めての経験のため、どんな会話をすればいいのか分からない。
「ねえ笹川くん、
「大丈夫ではなさそうだな。あんな不良がいるとは思わなかった」
「先輩にも聞いたんだけど、
それは父や母から聞いている。
私立高校なのに授業料が全然かからないのだ。
「あれって是武羅の総長がすっごい額の献金をしてるからなの。だから先生とかも頭が上がらなくて、注意することもできないんだって」
「そういうカラクリだったのか」
正確には、総長本人ではなく総長の親が寄付しているのだろう。
いずれにせよ、黒浪学園は是武羅の遊び場になっているというわけだ。
小島が言っていた通り、是武羅が悪事を働いているという話は学外にも知れ渡っている。それでも入学者が500人もいる理由は、黒浪の学費が極めて安く、学園の設備も非常に豊かだからに違いない。
「そういえば、黒浪って全校生徒1200人いるんだよな?」
「え? ああ、うん。すごく多いよね。あたし、マンモス校に憧れてたんだ~。友達いっぱいできそうだし」
エスカレーターをのぼる。改札にICカードをタッチして外に出る。秋山さんも同じ道らしく、再び肩を並べて歩き始める。
「……秋山さんはすごいな。すぐに友達がたくさんできそうだ」
「あははー。あたしって他人に物怖じしないことだけが取り柄だからね。まあ、是武羅の人たちは怖かったけど……」
「それは仕方ない」
はたして黒浪学園で多くの友達を作ることはできるのだろうか。
俺には引っかかる点があった。
全校生徒1200人に対し、新1年生は504人。学年ごとの人数が違いすぎないだろうか。2年生、3年生の比率は知らないが、1年生よりはるかに少ないことは確実である。
考えられる理由のうちもっとも有力なのは、転校説。
是武羅の圧政に耐えかねて学園を去った者が多くいることは簡単に想像できた。
「まあ、でも! 先のことはこれから考えればいいよ!」
「そうだな」
「こんなこといきなり言うのはアレだけどさ……実はあたし、中学時代はあんまり学校に通えていなかったんだよね」
俺は思わず秋山さんのほうを振り向いてしまった。
照れたような笑顔がそこにあった。
「ちょっと大きな病気しちゃって、ずっと入院してたから。退院して学校に通い出した時にはもう、グループができちゃってて……3年間、友達が全然できなかったの。ド田舎だからクラスも1つしかなかったし」
それは意外な話だ。今の秋山さんの明るさは、高校デビューに成功した結果と言えるのだろう。だとしたら俺も見習わないといけない。
「だからね、黒浪学園ではたくさん友達を作りたい。今日は色々あってびっくりしたけど、めげずに頑張っていきたいよ」
「それはとても立派だと思うが……中学時代のことを俺に教えてよかったのか? 普通、自分の過去は隠したいものだと思うが」
「え? 隠すようなことかな?」
秋山さんはきょとんとしていた。
たぶん、秋山さんにとっては恥ずべき過去でも何でもないのだろう。これから友達を作っていくための所信表明として俺に説明してくれたに過ぎないのだ。
俺も傭兵やっていたことを明かしたら、みんな受け入れてくれるだろうか?
ヘリコプターを操縦し、テロリストに向かって機銃掃射した話をしても引かれないだろうか?
……いや無理だな。レベルが違う。悪い方向に振り切れている。
俺も友達はたくさん作りたいから、この秘密は死守しなければ。
「とりあえず秋山さん、これからよろしくな」
「うん! 笹川くん、こちらこそよろしくね!」
天使のような微笑みを向けられた。可愛い。
「笹川くんの家ってこっちのほうなんだっけ?」
「ああ。マルヤっていうスーパーのすぐ近くのマンションで……」
「えー!? あたしもそのへんに住んでるんだけど!?」
この偶然は神のイタズラだろうか。傭兵をやっていたことさえバレなければ、秋山さんと親友になれるかもしれない。
俺たちはしばらくスーパーマルヤの品揃えについて話しながら帰路を辿った。
秋山さんも田舎から引っ越してきたばかりのようで、土地勘はまだ全然ないらしい。俺も似たような境遇だと伝えると、秋山さんは「お揃いだねー」と笑っていた。可愛い。
件のスーパーの交差点に差し掛かると、秋山さんは2、3歩だけ俺に先んじ、くるりと振り返って言った。
「よーし、明日も是武羅に負けないように頑張ろうね!」
「そうだな。1年1組のみんなで結束すれば不良も怖くない」
「じゃあ、あたしこっちだから! ばいばーい――」
秋山さんが手を振って歩き出した、その時だった。
どん、と秋山さんが通行人にぶつかってしまった。相手の身体がはるかに大きかったので、秋山さんは悲鳴をあげて尻餅をついてしまう。
俺は慌てて彼女を助け起こした。
「大丈夫か?」
「あ、うん、あたしは大丈夫。でも……」
秋山さんにつられ、俺は視線を前方に向けた。
そこに立っていたのは、黒浪学園の学ランに身を包んだ4人組だった。髪型はリーゼントにモヒカン、果てはアフロヘアーまで個性豊かだ。そして彼らの胸には、黒と白のシマシマ模様のバッジがくっついていた。
思い出した。確かあのバッジは、先ほど1年1組に襲来したヤスや番場の胸にもついていた。つまりあれは、是武羅の一員であることを示すマーク。
「おい? おいおいおい? え? 何してくれちゃってんの、このアマ。え?」
角刈りがガンをつけてくる。
やつの学ランには、べっちゃりとバニラアイスがくっついていた。手にコーンを持っていることから察するに、秋山さんとぶつかって付着したのだろう。
「ご、ごめんなさい! 今拭きますね……」
「汚ねえ手で触んじゃねーよ、このクソアマ!」
「きゃっ」
角刈りが秋山さんを突き飛ばした。
是武羅たちは下品に笑いながら俺と秋山さんを囲んでいく。正面に角刈り、左にリーゼント、右にモヒカン、背後にグラサンをかけたアフロ。
「あのなァ、この学ランはなァ、俺たちの大切な特攻服でもあるんだよ。だってのに見てくれよコレ。どう落とし前つけんだよコレ。アイスでぐちょぐちょじゃねーか」
「ごめんなさい……」
「謝ってすんだら警察はいらねえよな? テメエは俺の特攻服とアイス、どっちも台無しにしやがったんだ。飛車角両取りだぜこの野郎」
俺と秋山さんの最寄り駅――森地駅は、黒浪学園から2駅程度しか離れていない。是武羅の連中がうろついていてもおかしくはなかった。
もう少し周囲を警戒していたほうがよかったな。
平和な日本だからといって気を緩めていたのがあだとなった。
「ちょっと面貸せや。遊び相手になってくれよ」
不良どもは下卑た笑い声を漏らした。
どうやら修羅場に突入してしまったらしい。
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