第3話 集団カツアゲ

 教室にざわめきが広がっていった。ガラの悪いヤンキーどもが突然現れたのだから無理もない。しかも「財布を出せ」なんて、普通の感性では理解しがたい現実だ。


「お? テメエら、聞こえなかったのか? 耳ついてんのかァ? 俺は財布を出せって言ったんだよ!」


 ヤスが教卓をバンバン叩いて怒鳴り声をあげた。

 1年1組の皆は恐怖のあまり身を竦ませ、その場で立ち尽くすことしかできなかった。これから皆で親睦会をしようと盛り上がっていたのに。水を差されたというレベルじゃない。


「……笹川ささがわ、ここは素直に従っておいたほうがいいかもな」


「何故だ? 金を払うなんておかしいだろ」


「見て分かんねえのかよ。あいつら、是武羅ゼブラの一番隊だぜ……逆らったらオレたちの学校生活が終わっちまう」


 小島が焦った様子で俺の肩に手を置いた。その手がぷるぷると震えていることに気づく。小島もあの不良たちを恐れているようだ。


 確かに目つきが鋭いし、高校生とは思えない威圧感もある。俺みたいに戦場を経験していない1年生にはちょっと刺激が強いかもしれないな。


「――はァ? 何で俺らが金を払わなくちゃいけねーんだよ」


 不意に一人の生徒が声をあげた。

 頭のてっぺんだけ黒くなった金髪の男子生徒である。名前は安藤あんどう快都かいと、出席番号は5番。ホームルームでは先生の話を無視してスマホをいじっていた記憶があった。


 安藤は怠そうな足取りで是武羅の連中に近づいていく。彼の後ろには2人の取り巻きもいた。出席番号24番の高本たかもとけい、出席番号32番の御手洗みたらい和馬かずまだ。あの3人には不真面目なというか、いわゆる「やんちゃ」な空気感が感じられた。


「是武羅だっけ? 馬鹿なんじゃねーの?」


「あ? 何言ってんだテメエ」


「今時ヤンキーなんて流行んねえよ。さっさと自分のクラスに帰って勉強してな、センパイ」


 ひやひやするクラスメートたちに見守られながら、安藤が挑発するように言った。取り巻きの高本と御手洗もニヤニヤ笑っている。

 隣の小島が、あっと声をあげて俺の肩を揺らした。


「思い出した……! 安藤快都っていや、篠中しのちゅうの風雲児だぜ!」


「風雲児? 何だそれ」


「あいつも不良だってことだよ! 篠中のヤンキーどもを拳でボコボコにして全員舎弟にしてたって聞いている。噂じゃ未だに病院から帰ってこられないやつもいるとか……」


 なるほど、だから安藤はあんなに自信満々なのか。

 何かあっても自分の腕っぷしで是武羅を撃退できると踏んでいるのだろう。


 だがそれは愚かな選択と言わざるを得ない。

 何故なら――、


「待てよ」


 去ろうとする安藤の腕を、ヤスがガッシリとつかんだ。

 安藤が舌打ちをして振り返る。


「なんだよ? カツアゲなんてせこい真似は――」


「調子こいてんじゃねえぞ、1年坊がァッ!」


 次の瞬間、安藤の身体がぐるんと一回転した。

 ヤスが柔術の要領で安藤を床に叩きつけたのである。


 あちこちで悲鳴があがるのを無視し、倒れた安藤に馬乗りになると、その胸倉をつかんで怒鳴りつける。


「あ? 今カツアゲって言ったか? アァ!? 俺たちが要求してんのはなァ、だ!」


「な、何すんだテメエ……!」


「払えば俺たち是武羅が守ってやるって言ってんだよ! 1年生は入学ほやほやで将来が不安だろうからなァ! 親切で提案してやってんのに……なんだテメエ!? ぶっ殺されてーのかマヌケがッ!」


「がはっ……」


 ヤスが容赦なく拳を振るった。それから何度も何度も安藤の顔を殴り続ける。安藤は最初こそ反抗心を見せつけていたが、拳が積み重なるにつれ、その瞳に恐怖の色が宿っていった。


「や、やめてくれっ! 分かった、分かったから、払うから!」


「もう遅ぇんだよーッ! てめえは是武羅の敵だ!」


「ひいいいいっ!」


 クラス全員ドン引きである。

 安藤の取り巻きは腰を抜かしてその場に座り込んでしまっている。女子の中には泣き出してしまう者もいた。それでもヤスは構わずに殴り続ける。


 あの暴力行為は「見せしめ」として強大な効力を発揮していると言えよう。あんなものを見せつけられたら、誰だって逆らう気は起きなくなる。


「……ヤス、そろそろ許してやれ」


番場ばんばさん……! でもこいつ、俺たちを舐めてるんですよ!?」


「いいじゃないか。そいつも反省してるみたいだ」


「番場さんがそう言うなら……」


 番場というらしいドレッドヘアーの男に宥められ、ヤスが安藤の上から降りた。

 タコ殴りにされた安藤は、目に涙を溜めてピクピクと痙攣している。

 番場はそんな安藤に慈悲のこもった笑みを向けると、優しげな口調で語り掛けた。


「どうだ? 反抗心は無くなったか?」


「ひゃ、ひゃい……」


「そうか。自分の立場を思い知ってくれたようだな。たまにいるんだよな、テメエみたいに粋がってる1年坊が。毎年毎年、そういうやつには教育してやってるんだ。舐められたままじゃ是武羅の沽券にかかわるからな――おいヤス、火」


「へい」


 番場は学ランの内ポケットからラークを取り出すと、それを口に咥えてヤスに指示を出す。ヤスはジッポライターのふたを開けると、番場のタバコの先端に火を灯した。


 もくもくと立ち上がるタバコの煙。

 安藤がもぞもぞと立ち上がろうとした。


「あ、あの、1000円……」


 その手にはくしゃくしゃになった千円札が握られている。

 番場はつまらなそうにそれを受け取ると、ぷはぁー、と再び大きく煙を吐き出した。


「……足りねえな」


「え……?」


「全然足りねえ。追加で5万払え」


「ごっ……」


 安藤の顔がみるみる青くなっていった。取り巻きの高本と御手洗も驚愕の視線を番場に向ける。


「な、何で5万円も……払わなくちゃいけないんですか……?」


「さっき是武羅に逆らっただろ? 罰金だよ罰金」


「無理です! そんな金……」


 番場は安藤の胸倉をつかんで凄んだ。


「払え。払わねえと殺すぞ」


「だ、だから無理だって……! 俺んちは金がねえんだよ! この学校も学費がほぼタダだっていうから入学したわけだし……! か、勘弁してくれよぉ……!」


「ごちゃごちゃウルセエんだよ、このグズ野郎がッ!」


 猛烈な蹴りが安藤の顎に炸裂した。

 安藤の身体が背後に吹っ飛ばされ、教室の床をゴロゴロと転がっていった。それを見た取り巻きたちが「安藤くん!」と大慌てで彼に駆け寄っていく。


 番場は不愉快そうに舌打ちをすると、タバコを床に捨て、上履きでグリグリと火を消しながら言った。


「テメエは今日から是武羅一番隊の奴隷な。俺が『来い』と言ったら一秒で来い。俺が『やれ』と言ったら盗みでも殺しでも何でもしろ。もし逆らったら――テメエの顔面、トラクターで耕された畑みてえにしてやるからな」


「あ、が……そん、な……」


「おいヤス、みかじめ料の回収を続けろ」


「へい」


 再びヤスが教団の上に立ち、金を払えと声を張り上げる。

 安藤の一件でクラスメートたちは完全に委縮してしまい、逆らう様子を見せた物は一人もいなかった。もちろん安藤の取り巻きの2人も同様である。


 クラスメートたちが次々に1000円を払っていくのを見つめながら、俺は静かに考える。

 ここで連中を亡き者にするのは簡単だが、目立つのは避けたほうがいい。

 いったん従うフリをする必要がありそうだ。

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