第2話 1年1組
入学式は波乱のうちに終わりを告げ、俺たちは教室へと移動した。
クラスは1年1組。出席番号は18番だ。俺の苗字は「
1年1組の教室は、どんよりとした空気に包まれている。
たぶん1年生のクラスはどこも似たような雰囲気のはずだ。
原因は明白。先ほどの入学式でヤンキーたちが好き放題暴れていたからだ。
しかし、担任の先生は件の事件について何も触れなかった。事務的にホームルームをこなすだけ。一応クラスの一人一人が自己紹介をするという定番のイベントもあったが、皆どこか上の空といった様子だった。
「先生、入学式のアレは何だったんですか?」
業を煮やしたクラスメート……確か
「……どうした、えーっと、十和田。アレって何のことだ?」
「不良みたいな先輩のことですよ。毎週1000円払えとか言ってましたけど」
生徒たちが頷く。誰もが気になっていたことだ。
先生は「ハァ」と溜息を吐いてうつむいた。
「
「……何ですかそれ。警察とか教育委員会とかに相談しないんですか」
「そんなことをしても無駄だな。とにかくこれでホームルームは終わりだ。明日から授業とか色々始まるから心の準備をしておけよ」
それだけ言い残して去っていった。同時にキーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴る。十和田さんは釈然としない様子で椅子に座るしかなかった。
いったい何がどうなっているのだろうか。
平和な学園生活が送れると思ったのに、予想外の形で出鼻を挫かれてしまった。
「なあ、笹川……だっけ? 入学式のアレ、すごかったよなー」
席に座って思考していると、前の席の男子が話しかけてきた。
茶色っぽい髪を肩のあたりまで伸ばし、前髪をオープンにしてでこっぱちを露出させている。何となくチャラそうな雰囲気の生徒だ。
名前は
「えっと……小島だったよな。アレってやっぱり不良のことか?」
「そうそう。ネットじゃ噂になってたけど、この学園がヤンキーに支配されてるって本当だったんだな」
「そんな噂があったのか?」
「まー噂ってか、知ってる人は知ってる常識だな」
小島は人懐っこい笑みを浮かべると、身体の向きを変えて椅子の背もたれに腕を乗せた。
「学園側は徹底的に情報封鎖してるけど、卒業生とか転校生とかのせいで情報が筒抜けなんだよな。何でも黒浪には是武羅とかいう不良グループがいて、好き放題やってんだとか。犯罪にも手を染めてるって話だぜ」
「学園側はなんとかしようとしないのか?」
「それがなあ……これこそ噂なんだけど、総長の
そんな馬鹿な話があるのだろうか。
だがよく考えてみれば、俺も似たような経験をたくさんしてきたのだ。
たとえば西アフリカのある国では、資本家が国政を牛耳ってやりたい放題だった。そこには法律も何も関係ない、金と暴力だけの世界が広がっている。
「オレたちみたいな一般庶民は、目をつけられないようコソコソ生きるしかないってわけ。というわけで笹川、これから三年間よろしくな」
「あ、ああ。よろしく」
小島が手を差し出してきたので、慌てて握り返した。
こんな状況だというのに心がほんわかしてきた。クラスメートと友達になるなんて初めての経験だったからだ。
とはいえ、俺が傭兵をやっていたことは隠し通す必要があった。一般的な感性からすればキモすぎる経歴だからだ。きっと小島もドン引きするに違いない。
「ま、静かにしてれば大丈夫っしょ。なんてったって、黒浪は全校生徒1200人の巨大学園だし」
「もう帰るのか?」
小島は荷物をまとめて立ち上がっていた。
「やることないしなー。笹川ってどっち方面? 一緒に帰らね?」
「ああ、俺は……」
その時、教室の真ん中から甲高い声が聞こえてきた。
「はいちゅうもーく! ねえみんな、これから親睦会しない!?」
声を張り上げていたのは、栗色のショートカットの女の子だ。瞳はくりくりと大きいが、慎重は小動物のように小さい。なんとなくリスを思わせる雰囲気だった。
彼女の周りには、同じくちょっと派手めな女子生徒たちが集まっていた。
「入学式では色々あったけどさ、テンションあげていこうよ! これから一緒のクラスなわけだし、カラオケとかどうかなーって。あ、もちろん無理強いはしないからね!」
秋山さんの呼びかけに応じて「いいねー」「行く行く」といった声がちらほら聞こえてくる。
なんて青春らしいイベントなのだろうか。陰キャを自負する身としては少し気後れしてしまうが、これには是非とも参加しなければならない。是武羅とかいうヤンキー集団のことはいったん忘れよう。
「お、いいねえ! 笹川、オレたちも参加しようぜ」
「ああ。よろしく頼む」
小島も乗り気だったようだ。二人で秋山さんの元に近づいていく。
「オッケーオッケー! 小島くんと笹川くんも参加ね!」
「あれ? 俺の名前、知ってるのか?」
「何言ってるの笹川くん、さっき自己紹介したじゃん! もしかしてあたしの名前、覚えてなかったりするー?」
ばんばん、と秋山さんに肩を叩かれてしまった。
何だかめちゃくちゃ心が温かくなってきたな……俺の名前を憶えていてくれたなんて。
「も、もちろん俺も覚えている。よろしく秋山さん」
「うんよろしく!」
小島が「おい」とニヤつきながら小突いてきた。
「笹川、顔が真っ赤だぞ? 秋山さんに惚れた?」
「違う。こういうのに慣れてないだけだ」
「ふーん」
しかし笹川は俺の弁解なんて聞いていないようだった。
同年代の女子と会話するなんてほとんど初めてだったから、緊張してしまっても無理はないだろうに。とにかく秋山さんが良い人だということは分かった。
「これで14人かー。あ、十和田さんも参加する?」
「私はけっこうです。帰って勉強しなければなりませんので」
秋山さんは近くで荷物をまとめていた十和田さんに声をかけたが、冷たくあしらわれてしまった。勉強に時間を費やすのも学生らしくて非常にいい。今日は機会がなかったが、そのうち十和田さんとも仲良くなりたいものである。
「よし! じゃあこれで確定ね! さっそく出発しよー!」
「おおー!」
メンバーは14人で固まったようだ。1年1組は全部で36人だから、参加率はそこそこ。今日は突発的だったので仕方なしといったところか。
俺たちは秋山さんを先頭にして教室を出ようとした。
秋山さんが扉に手をかけたところで――
ガラララランッ――!!
「!?」
閉じられていた扉が一気に開かれていった。その向こうに立っていたのは、入学式で見たリーゼント……ヤスと呼ばれていた不良だった。
「え? え……?」
「どけや!」
「きゃっ……」
ヤスが秋山さんを突き飛ばしてズカズカと教室に侵入してきた。
倒れそうになった秋山さんを瞬時に支えた俺は、心を落ち着けて状況を観察する。ヤスの背後には4人の不良。その中にはリーダー格と思しきドレッドヘアーの男の姿もあった。
ヤスは1年1組の生徒たちを押しのけながら教壇の上に立つと、ばんっ、と教卓に手を置いて宣言した。
「1年1組の皆さァ~ん、これからみかじめ料を徴収しまァ~す! さっさと財布出せやオラア!」
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