来年入学してくる妹のために不良学園を「平定」していたら、いつの間にか影の総長として恐れられていた

伊東冬

第1話 入学式

「――新入生の皆様、このたびはご入学おめでとうございます。これから三年間、黒浪くろなみ学園で精一杯頑張ってください。以上をもって校長の祝辞とさせていただきます」


 起立、礼……着席。

 司会に指示された通りにキビキビと動く新入生たち。


 壇上で挨拶を終えた白髪の校長先生は、一度だけ満足そうに一同を見渡してから去っていく。俺は新入生の席でその様子を見つめ、目頭が熱くなるのを感じていた。


 ああ……ついに始まったんだ。

 平和な学園での生活が……!


 何を隠そう、今日は私立黒浪学園の入学式である。

 新入生たちはピカピカの制服に身を包み、ちょっと緊張した面持ちで整列している。もちろん俺もその中の一人だった。期待半分、不安半分。日本の高校に入学できるなんて思ってもいなかったから、心臓が高鳴って仕方なかった。


 周囲にいるのは、同年代の少年少女たちだ。

 今年の新入生は総勢504名にものぼるという話だが、そのうち何人と友達になれるだろうか? 自分の性格が消極的であることは分かっているため、その点が少し気になるが……でも普通の学校に入学できただけでも嬉しかった。


 俺は今まで普通の生活を送ることができなかったのだ。

 傭兵をやっている父親に連れられ、三年ほど世界中を飛び回っていたのである。


 たとえば、南米のギャングに雇われて抗争の手助けをしたり。

 たとえば、中東でアメリカ軍の爆撃を掻い潜りながら街を駆けたり。

 たとえば、ソマリアでジープを運転しながらテロリストから逃げたり。

 ゲリラ戦に参加させられた挙句、ジャングルで遭難して七日七晩飲まず食わずだったこともあったっけ。


 そのうち戦地で野垂れ死にするんだろうな、と思っていた。

 だけどある日、親父が急にこんなことを言い出したのだ。


廉太郎れんたろう。お前はもう日本に帰ってもいいと思うんだ」


「え……? 急にどうしたんだよ、親父」


「俺はな、お前に強くなってもらいたいと思って連れ回していた。……だが、お前はもう十分強い。俺よりも遥かに逞しくなった」


「何言ってんだよ、俺がいなくなったらバリゴーン(※テログループの名前)の拠点を制圧できないだろ!? アブドゥル・ゾラ(※テロリストの首魁)だって捕まえてないし!」


「大丈夫だ。俺は熟練の傭兵なんだぞ」


「でも……!」


「お前には幸せになってほしいんだ。……ほら、そろそろ高校に入学する時期だろ? 俺の伝手で東京の学校にねじ込んでやったから、青春を謳歌してこいよ」


 親父はキラキラした笑顔でサムズアップをした。

 冷静に考えたら俺に地獄を見せた諸悪の元凶だが、この時は親父のことが神とか仏に見えてならなかった。


 戦場から抜けられる。しかも高校に通うことができる。

 考えるだけでドキドキが止まらなかった。


「……分かった。親父、達者でな」


「お前こそ」


 俺は親父に別れを告げてアフリカ大陸から去った。

 日本行きの飛行機を予約し、数年ぶりに東京にある我が家へと帰還。出迎えてくれた母と妹は、涙を流して俺を抱きしめてくれた。


「廉太郎……! よかった、やっと帰ってこれたのね……!」


「お兄様……やっと帰ってきてくださったのですね」


 俺も涙があふれて止まらなかった。ここは平和な日本なんだ。ミサイルも爆弾も飛んでこないし、テロリストが奇襲をしかけて戦友たちが全滅することもない。


 俺は戦いから解放された。

 これからは平和な世界でのんびり生きていけばいいんだ(ちなみにその後、親父は一人でテログループを制圧したらしい)。


「あの。お兄様……私、お兄様と一緒に学校に通いとうございます」


「え? 学校……?」


「お兄様は高校に行くんですよね? 学年は1つ違いますが、同じ学び舎で勉学に励みたいんです。それが私の夢でしたから……」


 妹――千夜ちやは、夜を閉じ込めたように艶やかな黒髪がトレードマークの美少女だ。小さい頃から俺に懐いてくれていて、どこへ行くにも「お兄ちゃんお兄ちゃん」とついて来てくれた。

 だから俺が親父と一緒に世界を巡ると決まった時、癇癪を起こして大号泣されたっけ。世界を飛び回っていた三年間、ほったらかしにして本当に申し訳なかった。


「……ああ、そうだな。俺も千夜と学校に行きたいよ」


「はいっ……! 約束ですからね」


「うん。約束だ」


 千夜と指切りげんまんをした。

 一緒に登校できるのが楽しみだった。

 俺は一足先に学園生活を満喫するとしよう。

 こうして俺の新しい生活が始まろうとしていた――はずだったんだけど。




 ガラララランッ――!!




 式典が行われている体育館の扉が、乱暴な音を立てて開かれていった。参列していた人たちが何事かと振り返る。


 現れたのは、学ランに身を包んだガラの悪そうな生徒たち。

 髪が紫だったり、ピアスがバチバチだったり、制服を改造しまくっていたり、あろうことか腕にタトゥーっぽいものが入っている者もいた。


 そして彼らの先頭に立っているのは、真っ赤なドレッドヘアーと鼻ピアスが特徴的な大男。たぶん身長は190センチくらいある。


「な、何だお前ら! 入学式の最中だぞ!?」


 眼鏡をかけた教師らしき人が彼らに近寄っていった。

 しかしドレッドヘアーは無視して壇上のほうに歩いていく。


「止まれ! お前ら、何だその格好は!? どう見ても校則違反だろうが」


「……おいヤス、こいつは誰だ」


 ドレッドヘアーが傍らにいたリーゼントに声をかける。

 リーゼントは「へい」と返事をしながら眼鏡の教師にガンを飛ばす。


「な、何だ? 教師に逆らう気か……!?」


「あー……思い出しました、番場ばんばさん。こいつは4月から黒浪に来た新しい体育教師っすよ。高校時代は陸上で全国に行ったんだとか……スゴイっすねえ」


「そうか。じゃあ黒浪のルールも知らねえってわけだな」


「そうですね。シメますか?」


「俺がやる」


「お前ら! さっきから何わけの分からんことを言ってるんだ!? 反省文を書かせるぞ反省文――ふぐごッ!?」


 次の瞬間、眼鏡の体育教師はくるくると回転しながら吹っ飛んで行った。

 並べられたパイプ椅子に激突し、がしゃあん、という音が響き渡る。その場にいた生徒たちから悲鳴が上がった。新入生の中には驚きのあまり座り込んでしまう者もいる。


 当然俺も驚愕していた。

 あのドレッドヘアーが容赦なくぶん殴ったのだ。公衆の面前で教師を殴るなんて常軌を逸しているとしか思えないが、ドレッドヘアーたちは何事も無かったかのように壇上へと近づいていく。


「あー、あー、聞こえますかァー?」


 ヤスと呼ばれたリーゼントは、そのままマイクでしゃべり始めた。

 新入生たちは動揺のあまり周囲と言葉を交わし始める。一方、教師や上級生たちは何も言わずに黙り込んでしまっていた。明らかに異常な状況である。


「新入生の皆さーん、入学おめでとうございまーす。突然ですが、テメエらは全員今日から俺たち是武羅ゼブラの舎弟なのでよろしくお願いしまーす」


 リーゼントがわけの分からないことを言っている。舎弟とかゼブラとか……異世界の言葉を聞いている気分だった。


「あ、あのっ!」


 その時、新入生の中でもいちばん前の席に座っている女の子が声をあげた。確か入学テストの成績が1位だった優等生で、俺たちの学年の首席の子だ。


「これは、いったい何なんでしょうか……? この後、私の代表挨拶があるはずなんですけど……」


「うるせえッ!! 黙ってろやクソガキッ!!」


 大声で怒鳴られ、首席の子は恐怖のあまり口を噤んでしまった。

 疑問点はいくつも残る。

 どうして教師たちはあいつを止めないのだろうか。


「……知ってるとは思うが、黒浪は俺たち是武羅のシマだ。ここに入学するってことは、是武羅に忠誠を誓うことを意味する。だが安心しろよ、逆らわねえ限りは安全を保証してやるぜ。そのかわり毎週、是武羅にみかじめ料500円を払ってもらうけどな!」


「おいヤス、今年から1000円だ。集会で総長の話聞いてなかったのか?」


「そうでした! おいテメエら、聞いたよな!? 死にたくなかったら毎週1000円、きっちり俺たちに払いやがれ! もしこのルールを破ったら……俺たち是武羅一番隊がとっちめてやるからな!」


 1年生たちは恐怖のあまり口も利けずに黙っていた。それは大人たちも同じで、あの是武羅とかいう不良たちに一切口答えできずにいる。


 俺はようやく理解してきた。

 やっとのことで戦場から逃れ、これからは平和な生活を送れると思っていたのに。


 どうやら、この学園は不良どもに支配された世紀末な世界観だったらしい。

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