第4話

 慎二と亜紀乃はおない年、家が隣同士の幼馴染だ。


 天然パーマの強い髪をしている男の子。幼児のときに間違って棚にぶつかったとかで、眉間のところに小さな傷跡が残っている。小さなころから家族ぐるみの仲良しで、お互いに助け合う兄妹みたいな縁だ。慎二のおじいさんは競技かるた教室も開いていて、かつては名人も歴任しているほどの立派な指導者で、小学校に入ってからはそこでお世話になったりもした。


「お前と慎二って仲がいいよな。やっべえ、やっべえ、相合傘だ」


 なんて、小学校の頃は同級生から囃されたりして、嫌な思いをしたこともある。でも、こんなに仲のいい男友達がいることって、なんだか特別なようにも思われて、腹を立てながらも心のどこかでは鼻高々にしている自分もいた。もちろん慎二本人には内緒だけど。


 亜紀乃にとっての慎二は「特別な友達」だけど、それ以上でもそれ以下でもない。それはきっと、慎二もそう。


 なぜなら亜紀乃は「かるた」をしていないから。そして慎二は「かるた」をしてるから。この隔たりは、断崖絶壁から見下ろす谷底よりも、底の知れない海溝よりも、絶望的に深い。


 慎二はもう、亜紀乃の知らない世界にいる。だから亜紀乃はかるたをしない。見ようともしない。


 そして、競技かるた部のことを話す慎二のことも、各地でできたかるたの友達のことを楽し気に話す慎二のことも、あまり好きではなかった。


 なんでも最近では、東京の「秋生あきぶもみじ」という同級生の女の子がお気に入りなのだとか。


「あの子、ひっでもんに強いんやざあ。女の子なのに払い手が剣のように鋭くて、一字決まりでは手が出せんかった。試合で俺でも負けてしもうたもんなあ。その子、その試合で優勝して、かるたクイーンを目指しているんやって教えてくれた。すげえよなあ。また会って戦いたいなあ」と話す慎二はとても嬉しそうで、見ていてとても辛くなる。そういう自分に気が付いていない慎二にも腹が立つ。


 だからかるたなんて、もうしない。もう亜紀乃には関係ない。


 慎二はいつでも和歌を大事にする。和歌の知識が豊富で造詣も深い。こんなマニアックな人についていく人も稀で、今の一番の友人はなんと篠原だ。

 篠原は派手な外見に似合わずすこぶる大人しくて、放課後の付き合いも悪くって、こっちに来てからはいつも一人だ。


 同じクラスの慎二も一人行動が多かったから、自然と二人は一緒になった。二人で大して楽し気な会話をするわけでもないけれど、昼食と移動教室だけは連れ立って行動している。塩気のない中華料理のようなあっさりした仲。ある意味、二人はお似合いだ。


 篠原と慎二の不思議な凸凹コンビを見るたびに、亜紀乃の記憶にあの言葉がよみがえる。


『八重園はやめた方がいいよ。不幸になる』

 あれは一体、どういうことだったんだろう?


 あのときの彼の失礼な態度に腹立たしくもあったが、気になる発言ではある。何度か篠原に訊いてみようと思ったけれど、こういうチャンスってなかなかないもの。大体、亜紀乃は男友達へ気軽に話せるような性格ではない。


 慎二に頼んでみようかと思って速攻やめた。慎二のことを尋ねるのに本人にどうやって伝えるというの。最近は慎二と話す機会もぐっと減ってしまった。隣に住んでるのに、お互いの家に足がついて距離が少しずつ離れていった気がする。川へ落とされた落ち葉が、どこかへ流されていってしまうように。海辺に作った砂のお城が少しずつ削られるように。でも男の子との関係って、本当はこういうのが普通なのかな、と亜紀乃は思ったりもする。これが自然、これが普通。そう、これでいいんだ。


 そんなこんなで、先ほどの難問はとうとう篠原に訊けずじまいだ。でも数日たち、数週間たち、そのうちどうでもよくなってきた。今は受験勉強で忙しいし、夏休みには高校最後のソフトボール部の大会もあるし、それどころではないのだ。

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