第10話
髪を乾かしながら、ふと我に返る。これで何回目だろう。
なんでTシャツ一枚なの?
どうせ脱ぐからとか、そういう問題?
とはいえ結局納得してしまったのは私だし。紅先輩に常識を求める方が間違ってるって、そういう事にしておこう。
こうやって納得するのも何回目だろう。
ドライヤーを置くと、私の後にシャワーを浴びに行った紅先輩が部屋に戻ってきた。濡れた髪に上半身裸のままだし、これが男の人の色気か……って、
「っ!!」
思わず顔を背けた私に、紅先輩は「ふぅん?」と意地の悪い笑顔を見せた。
「ちゃんとかわいー反応すんじゃん。」
「いや、あの」
たしかに父親の半裸も見たことないからどこに目をやればいいのか分からないのもあるけど、あるけどそうじゃなくて、
ひょいと私を抱えた先輩はそのまま寝室に。ベッドの上に私を下ろすと、その上に覆い被さるようにして私を見下ろすから必然的に左肩のそれが目に入ってしまう。
「先輩あの、それは入れてるんですよね……?」
一瞬なんの事か分からない、という顔をした先輩は自分の身体を見て、納得したように「ああ」と一言。
「入れてるよ。」
私が言ってるのは、左肩から腕にかけて入れられたタトゥーの話。手の甲にあるのは分かってたけど……。
「ビビった?」
「まぁ、少し……そんな目にするものでもないので」
最近はファッションの一部として取り入れられてるものでもあるし、否定的な意見はしない。
入れるかどうかは先輩の自由で、私がとやかく言うものじゃないし。
「なぁ」
私を見下ろしたまま、先輩がふいに言った。
「なんで逃げなかった?」
それは、私も考えていたことだった。気だるそうな両眼を少し見つめ、私は苦笑する。
「逃げようとしたら、逃がしてくれました?」
「いーや? でもその気がなきゃ抵抗くらいするだろ。俺としちゃあ話が早くていーけどな。あんまりあっさりしてるもんだから、馬鹿なのかと思ってたぜ?」
「そうかもしれません」
多分私は、自分が思ってる以上に自分のことがどうでもいいんだと思う。
今だって初雪さんに対して多少の罪悪感があれど、やっぱり逃げ出そうとは思えない。
先輩の長い指がつっと私の頬をなぞる。
見上げれば、先輩はその整った顔に妖艶な笑みを浮かべ。
「んな不安そうな顔すんなって。悪いようにはしねぇつったろ?」
不安そうな顔を私はしていたのだろうか。
いや、そもそもこの状況で不安にならない女の子っている?
「ひゃっ」
どうしていいか分からないでいると、太ももを大きな手が這った。
びくりと身体が震え、顔が熱くなるのを感じた。動揺する私に先輩が低く笑う。
「ビビんなって。優しくしてやるよ、千夜子ちゃん?」
揶揄う……というより、嘲笑うの方が正解のような。
それでも心底楽しそうに笑う先輩に今初めて、私はここに来たことを後悔していた。
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