第9話

「そういう話じゃないんですよ。」



即座に私は先輩に返した。


せっかく気を使って筆談をしたのに、なんでそんなふざけたこと言ってくるの。



「えー……じゃあこれでも着とけば。俺でもデカいし、十分だろ。」



私に渡されたのは、白いかなり大きめのTシャツ。


これ一枚?


これ一枚を着てろと?



「お前可愛げねーし、それ一枚の方がそそる」


「最低ですね。」



他の子にもこうだったのか、聞こうとしてやめた。


聞いて今どうにかなるわけじゃないし。先輩が噂通りの人なら、余程のお気に入りじゃない限り一回寝たらもう終わり、らしいし。



「……分かりました。」



特に反論もせず、私は引き下がった。


そんな私の様子を先輩は電話を片手に黙って見ていた。


何やってんだろう。


シャワーを頭から被りながら、ずっと考えないでいた言葉がようやく浮かぶ。


何やってんだろう。傍から見ればこの状況は異常で異端で馬鹿らしい。


普通なら少しでも抵抗する。普通なら隙があれば逃げようとする。


でも私はあっさり提案を飲んで、チャンスがあったのに逃げなかった。


鏡に写る、見慣れた顔。


お母さん譲りの大きな目と丸い輪郭が幼さを帯びた顔。顔立ちだけじゃなくて、目も鼻も唇も、顔のパーツ一つ一つがお母さんとそっくりで。


なのにこんなにも似ていない。私とよく似たお母さんは優しい表情をしていたのに、お母さんによく似た私は負けん気の強さばかりが溢れていて。


『お前可愛げねーし』とさっき言われた言葉を思い出す。


同じことを前にも言われた。


柔らかな笑みを浮かべる義妹と私を見比べて、初雪さんは「茉白と違って可愛げがない」と冷たく言った。



「ほんと、何やってんだろう……」



言葉に出したら、苦い笑いも零れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る