パイロット版2 盗まれたバイクと時間怪盗1/2

 小雨が降ったり止んだりする昼前。

 ウイヒメの見舞いに付き添いで来た俺だが、俺は病室の外で壁を背にして突っ立っている。破嵐家には父子共々世話になっているが、ウイヒメの母とは一度も話したことがない。なので合わす顔がない。


 病室の中には時間を奪われた被害者がその時の状態のまま変わらず在る。時間を盗まれた瞬間で停止しているのだ。その状態の被害者がベッドの上に置かれている。時間を盗まれた者はあらゆる物理的化学的干渉の影響を受けず生きているとも死んでいるとも言えない状態になる。生命活動は停止しているように見えるが時間が戻れば動き出すため、死んでいるわけではない。

 俺がウイヒメの父であるレイジに拾われたときには、ウイヒメの母は既に時間を盗まれていた。


「相手が喋らないと、会話が弾まなくて困るよ」


 ウイヒメのよく分からないユーモアは返しに困るので適当に流す。

 俺は気を遣えるような人間ではない。


「終わったみたいだな。帰ろうか」

「そうだね」




 天気の良い昼過ぎ。眠くなってくるのでコーヒーでも入れようかしらんと思っていると依頼人が来た。


「バイク……息子を探して欲しい」

「なるほどですねえ。息子さんとバイクを」


  今回の依頼人はそれなりの値段がするスーツを着た四十代くらいの男性。もうすぐ高校受験の息子が昨日から姿が見えないそうだ。あと男性のバイクも。


「恐らく息子さんがバイクで家出したと考えられますので、バイクのナンバーを教えてくだされば早く見つかると思いますよ」


 ウイヒメが依頼人のバイクの形状やナンバーを聞く。俺は情報屋が今日開店しているかインターネットで調べていた。小まめにSNSを更新している人なので、臨時休業の場合は臨時休業という投稿がある。今日は開店していることが分かった。


「バイクもそうだが……とにかく息子に帰ってきて欲しい。バイクもそうだが……」

「分かりました。バイクもできる限り無事回収できるように努めます」


 依頼人のバイクに対する気持ちが言動から隠し切れていなかった。




 俺たちは二手に別れた。ウイヒメは失踪した少年と同じ中学の生徒に聞き込みをしに行く。俺は情報屋に行く。

 我らの事務所から徒歩五分、最寄駅からもそんなに遠くない場所に情報屋が居る。

 看板には『XXダブルクロスカフェ』と書いているが間違いなく情報屋だ。カレーが美味しいので近くの駅まで来た場合は頑張って訪ねて欲しい。正確な所在地は伏す。

 店内の雰囲気は老舗の個人経営喫茶店という感じだが、清掃やリフォームのおかげか古臭くはない。


「いらっしゃいませー。マサトくんじゃあないの。わざわざ店に来なくても電話やメールでいいのに」


 情報屋がこのカフェを経営している。あるいは店長(マスター)と呼ぶべきなのかもしれない。

 彼女は黒髪の長髪をポニーテールにし、馬鹿みたいにデカい灰色のリボンを付けている。白いシャツに灰色のエプロンが無機質な印象を醸し出しそうだが、滲み出る茶目っ気で、お互いの性質を打消し合っている。年齢も何もかも不明だが、踏み込むところではない。二十と言ったら喜ぶので二十ということで。

 あと俺の名前はいぬいマサト、レイジが適当に名付けてくれた大切な名前だ。呼び名の無い物は呼ぶことができないからな。


「カレーを食いに来たかもしれないっすよ?」


 仕事で来ていることは向こうも分かっているが、軽口で返す。


「仕事でしょう?奥に行こうか」


 情報屋と共に喫茶店の二階に行く。二階は従業員以外立ち入り禁止ということになっている。情報屋としての職場だからだ。


「この少年とバイクだ」


 依頼人から借りた少年とバイクの写真を渡す。


「なるほど分かった。見つけたら電話するよ」


 情報屋は人並み外れて眼が良い。カフェに居ながらにしてカルフォルニアの様子が見えるほどだ。彼女のことをよく知る者は千里眼の『お嬢様』と呼ぶこともある。俺とウイヒメは情報屋で通しているが。

 一般的に知られてはいないが、この世界には『お嬢様』と呼ばれる異能者が居る。歴史上の人物だと卑弥呼とかもそうだと考えられている(業界では)。

 ウイヒメも『お嬢様』らしいがどんな異能を持つかは不明だ。ウイヒメ本人も知らないが、レイジは知っていたようだ。どうしてそんなことになっているかは知らないが。




「家出した少年について聞いてきたけど、父親から高校受験で圧力を受けていたらしいよ」

「お疲れ様です」


 聞き込みという面倒な仕事をして事務所に戻ってきたウイヒメを労う。具体的には砂糖とミルクをガッツリ入れたコーヒーを入れる。


「友達の家に居るとかありそうか?」

「聞いてわかることじゃないと思うけど……」

「レイジ曰く、こういうときは地道に探すしかない。情報屋が見つけるのとどっちが早いかだが……」


 レイジはケチだったので本当に打つ手が無いとき以外情報屋を頼りにしなかった。俺たちは半人前が二人なので堂々と使っていく。


 


 





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