第78話:遊牧民の牙(4)
いつの間にか、町の門前に着いていた。
余計なものなどと、どうすれば名付けられるか。いつか自分も子を持つことがあるだろうか。そのとき、どんな風に名を考えるか。
ウミドはずっと考えていた。
だが、想像もできない。我が子はおろか、ハイエナの子に名付くのさえ。
ウミドにはどうしても、強く生きられそうだとか良いことが起こりそうだとか。そういう言葉をしか思い浮かべられない。
「みんなで手を繋いでだって通れそうだね」
近づく門を眺め、当のアリサは可愛いらしげなことを言う。特段に楽しそうというほどではなかったが、気負った様子も見えない。
自身の名前について話したのも、とっくに忘れていそうに思えた。
言うとおり、レオナードの内と外とを繋ぐ門は広かった。鉄格子が引き上げられていて、落ちてくれば誰もひとたまりもないくらいの重々しさ。
しかし厳重なのかと言えば、門の左右へ控えた兵は、目の前へ達するまでに何回のあくびをしたか知れない。
「おい、お前たち」
アテツを先頭に、「どうも」とだけで素通りをしようとした。が、呼び止められた。同時に通る者はほかになく。
「へえ、なんでしょう?」
「いつもの炭売りだな。その、背中の男はなんだ」
口調を変えたアテツは、いかにも好々爺という表情を作った。
さすがに役目となれば、兵のあくびは失せた。厚い革の手袋が、遠慮なくウミドの背に伸びる。
「ああ、儂の息子でございますわ。たまにしか下りてこねえんで、ご存じなかったですか。何日か前に足ぃ滑らせまして、このとおり。なにかいい薬草でもないかってんで、連れてきた次第で」
「息子? 随分と若そうだが」
「へえ。ときにあるもんでございましょ? 古女房が、やけに艶めくってのが」
ひどく下品に、アテツは喉の奥を鳴らして笑う。ウミドにはどういう意味だか分からなかったが、息子のふりをすることだけは理解した。
「父ちゃん、痛え」
「我慢しねえか。門兵さんの大事な仕事だ」
「いやに顔色も濃いな」
「ええ。うちの女房のお袋さんは、南の出ですんでねえ」
むしろ怪しいくらいにすらすらと、アテツは答える。けれども二人の門兵は顔を見合わせ、「知ってるか?」「知らん」と扱いに迷うそぶりをしかしない。
「隊長はしばらく戻らんと言ってたしな。どうするか」
「おい、帰りにまた話を聞くぞ」
どちらの門兵も、ウミドより少し歳上というくらいに若かった。その一方が通すことを決めると、もう一方も「それでいいか」と引き下がる。
「へえ。承知しまして」
アテツは愛想と歯切れよく応じ、さっさと門を抜けた。ウミドを負う男もあせる風でなく、とっとっと小走りで追う。
「やれやれ。なんだあいつら、仕事する気があるんだな」
声の届かぬ距離を離れ、アテツは額の汗を拭う真似をした。ほかの男たちも、半ば笑って頷く。
「しかし入っちまえばこっちのもんだ。さあウミド、なにか見たいもんがあるか」
「うぅん? そう言われてもな、なにがあるのか知らないし」
見回すと、門を入ってすぐは石畳の広場になっていた。演舞場の半分に足らないくらいではあるが、どこを向いても人の姿で先を見通せないほど賑わった。
視線を上向ければ、石造りの建物が整然と並ぶ。スタロスタロの四角いものとは違い、壁も屋根も曲線が多い。
町の奥へ向け、進む道が少しずつ高さを増す造りをしていた。最も高いところへ、闘技場と同じくらいの城がある。
「あ、アリサは。なにかないのか」
「そうだねえ。お店がいっぱい出てるみたいだし、端から眺めてみるのもいいんじゃない」
広場の外周に沿い、広げた布へ品物を並べた者らが並ぶ。布や木、鉄の道具。肉やら果実をそのまま売る者があれば、焚いた火で炙って食わせる者。
スベグの大人たちが町へ行って、いい店があったとかなかったとか話していた。それをようやく体験できるらしい。
「お金がないから、見るだけになるけどさ」
「いや一つや二つなら構わんよ、儂が払ってやる。リーディアちゃんへの土産もな」
残念そうにしたアリサが、「ほんと?」とアテツの腕を取って跳ねる。
嬉しそう、とウミドには思える。名前の意味について、また訊ねるのは難しい。
──ウミドはアテツの背中へ乗せてもらい、アリサと三人で目立たぬように回ることとなった。
どの店も品を見る客が一人や二人はある。その脇から、いかにも「なんとなく見てるだけだよ」という雰囲気を装う。
問題なく町へ入ったといえど、目立たぬほうが良いは良い。
そうして、十数店も見たころのことだ。ウミドは腕をつかまれた。
「おい」
低めた声。強い力で引かれ、ウミドとアテツは呼んだ男の正面に向かされた。
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