第44話:十七歳の流転(4)
「オレが居なきゃ、答えが違ったのか?」
もうボルムイールは、地下からも出ただろう。それくらいを待って、ウミドは訊ねた。
「聞いてなかったのか?」
「聞いてたから──いや、なんでもない」
レオニスを仇とするウミドが居るときを、話す機会に選んだ。そこに腹を立てた気がして問うたが、やめた。
実は違ったと答えられれば、その先の言葉に困ると気がついた。
案の定、僅かにフッと笑声をこぼすレオニスに苛とさせられた。
「違わないさ。違えても、やつの為にならないからな」
「ボルムイールの? インチキがバレたらか」
「あと、やつの話が本当だって保証もない。ああ言って油断させて、実際は勝ちにくるってのも見飽きた」
勝つための策略という可能性には、なるほどと言いかけた。卑怯だが、実力に勝る相手を倒す一つの方法ではある。
けれど先ほどのボルムイールがと思うと、なんとも言いかねた。
「毒のこともよく知ってるな。やってたのか」
「俺はない。東方領に行ったこともないし」
見飽きたとまで言う男に迂闊なことも言えず、代わりに問うた答えに腹が立った。
しかし収まらぬウミドは舌打ちで睨みつけた。
──翌日、十日間の最終日。その最終試合は陽が落ちてからとなった。この日だけでなく毎度必ずなので、そうなるよう調整しているのだろう。
毎度必ずと言えば、レオニスへの歓声も凄まじい。客席で立ち上がり、なにをか叫んだ女が倒れる。そんな光景があちらにもこちらにも。
いつもの剣と左腕の小盾という恰好で、どうにか肩よりは高くした左手だけで受け止めた。
いつまでも静まることを知らない。さなか、ウミドの耳に低い音が聴こえた。誰か、たとえば頭上へいるはずの観客が足を踏み鳴らしたような。
また。石壁に囲まれる、いつもの部屋を見回す。が、違う。
ゆっくり、深く息を吸って吐いたくらいで鳴る。次の音はほんの少し早まり、その次も少し早まる。
太鼓の音だ。
使われるのを何度か見たことがあった。張られた皮を太い棒で叩けば、腹へ響くいい音がする。
音と音の間隔が狭まり、最後には間なしの乱れ打ちになった。それが突然、ぴたり止まる。
と、闘技場に静寂が訪れた。
「お集まりの方々に、ご案内申し上げる。いよいよ当月の最終試合。百人殺しのレオニスと相対すは、みなさま期待の男」
いつもの案内にまで「いいぞ」と歓声が飛ぶ。
「今や最強を謳う一角。人外の双剣使い、ボルムイール!」
どっ、と客席が揺れた。今度は勘違いでなく、客席の男どもが一斉に足を鳴らした。大きな獣が威嚇に鳴くかの唸り声で、双剣使いの名を重ねて呼ぶ。
レオニスとの間に二十歩ほども残し、ボルムイールは足を止めた。例によって歓声に応じるそぶりもなしに、二本の剣を抜き放つ。
突き出す左手へ、反った細身に片刃の。自らの顔へ添える位置の右手へ、半月のごとく強い反りを持つ剣。
昨日の件を、内緒で示し合わせられる距離ではない。なによりどちらの眼にも、炎の色が見えるようだった。
睨めつけるレオニスと細めて窺う視線のボルムイールは「始めよ!」の声と同時に石畳を蹴る。
多くの試合を見てきたウミドにも、かなり遠い開始の位置と思えた。それが初めて見たと言えるほどに短く、瞬間と言って大げさでない間に失われた。
その大きな理由が、レオニスに襲いかかる。
長い腕の一方、左手の剣が横薙ぎに振るわれた。レオニスはまだ、もう一歩を出さねば刃の届かぬところで。
しかし構わず、九十八勝をもたらした剣も動いた。ボルムイールの身体をでなく、反り身の剣へ巻きつくように。
「巻け!」
揃って、客席が唄う。巻き取りをかけられた相手は剣を落とすか、撥ね上げられるか、二つに一つ。
いつだかの睡眠を不足させた試合の以降、ウミドは失敗を目にしていない。
「おお……」
また揃う客席の声は、ため息に似た。ウミドも同じように「えぇ?」と声を漏らす。失敗の目撃が二度目になった。
見たままを言うなら、ボルムイールの腕が骨を抜いたように曲がった。
すると柔らかな枝に吊るされたような反り身の剣は、どうレオニスの剣がぶつかろうと抵抗なく、するりと逃げた。
結果、なにごともなかったかの、元通りの構えにボルムイールは戻る。
当の相手のレオニスも、己の剣を眺めた。幻をでもすり抜けた、そういう心持ちなのかもしれない。
ひと振り、宙を斬って構え直す。彼我の距離を十歩に縮め、最初からのやり直しだ。
ふた呼吸ほど視線を合わせたと思うと、なにをきっかけにか同時に動いた。やはり最初と同じく横薙ぎのボルムイールと、巻き取りを狙うレオニス。
違ったのはその先、百勝を目前の男に鮮血が滴る。
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