第41話:十七歳の流転(1)
闘技場に、生死を賭けた試合の日々がまた訪れる。何度目だろう、とウミドは指を折ってみる。
「白々しいな。俺の百勝まであと二つ、ウミドが来たのは二十五勝のとき。数える必要があるのか?」
そうレオニスに言われるのも初めてでない。先月も先々月もその前も、百勝が目の前と言われてからずっと。
「お前にこんなところへ入れられて、ようやく外へ出られるんだ。楽しみにしてなにが悪い」
「悪かないさ。楽しみなんて言ってくれるなら、なおさらな」
六年余の月日が、手足を伸ばしていた。十七歳のウミドは、レオニスと話すのに見上げることも見下げることもない。
いや六年前と比べ、二倍になった部屋で寝転ぶ今は、また別だが。
広くとも仕切りはなく、出入りに鉄柵をくぐるのも同じ。しかし紙とペンを、ランプに使うオイルを、無制限に部屋へ置いて良いとなっている。
「アリサには、なにか伝えたのか?」
おそらくこれも、指折りと同じ数だけ言われた。意味ありげに鼻を膨らませるレオニスに、毎度ウミドは、さっぱり分からないと肩を竦める。
「アリサに? なにを」
「来月の試合が終われば、戻りたくても戻れなくなるんだぜ?」
これは初めて言われた。いよいよというのだろうが、分からないという姿勢は変わらない。
「戻りたいなんて思うわけないだろ。それにお前の百勝が約束されてるわけでもな。ここぞってとき、油断するやつの足は掬われるのが
父から教わった以外にも、ウミドの胸に
では誰から、といって答えはない。闘技場で出逢ったすべての人間から読み取ったものだ。その中にレオニスも含まれているが、どれをと選り分けることはできなかった。
「油断はしないさ。でも一つ勝った先、二つ勝った先にどうするかは考えとかないとな。勝ってから考えるってのは、それこそ油断だろ?」
「どうするんだ」
「スタロスタロは出たいと思ってるが、まだ分からん」
この町を出る。すると闘技場から出られない、アリサからも離れる──とは、当然にそうなるというだけだ。
誰が耳にするでもない胸の内を、ウミドは誰にともなく釈明した。離れた階段から、元気のいい足音が届いたせいかもしれない。
「ねえ。ガーヤーが死んだらしいよ」
木皿に川魚のスープを盛り付けながら、アリサは言った。多少、声を低めたからといって、笑って話すことでないが。
「そんなの、よく耳に入ったな」
「ガーヤーの奥さんから、手紙が来てたんだよ。燃すものの中に入ってたけど、見つけた」
懐かしく感じる名だ。たしか酒場をやっていた男で、闘技場では大斧を得物にしていた。大槌を使うモォブと戦い、両足を砕かれて負けた。
骨が折れれば、その部位は二度と使いものにならない。
ゆえに、動くのが不可能な負傷をした者は生きていても演舞場から出られる。という規則によって、剣闘士を引退することとなった。
「ずっと寝たきりで、メシも食べさせてもらう暮らしだったらしいよ。それでも闘技場の中で殺されるよりは良かったって」
そんな文章を誰当てに。
ウミドはまず、恐れ知らずもあったものだと考えた。だが帰してもらったと喜んでいるなら、イーゴリにかもしれない。
どうであれ読まれなかったらしいが。
「モォブは次で負けたからな」
はや、川魚のスープを平らげたレオニスがぼそり。継ぎ足しをねだった手が、アリサに叩かれる。
あの試合で勝ったモォブは早々に死に、ガーヤーは六年以上を生きた。
ではどちらが勝者だったのか、とは考えても意味のないことだ。どちらの運命も、ウミドの望みたいものではない。
「あと二勝だね」
くすねてきたらしい干し肉が、捲った
残る二つをレオニスと、ウミドへ渡すときになぜか言われた。二勝をするのはオレじゃない、などと諭さねばならぬアリサではないはずだが。
「次はボルムイールだってさ」
意図を考える間に、話が転ぶ。出てきた名も、さておけるものでなかった。
モォブ然り、あのころに聞いた名はほとんどが残っていない。僅かな生き残りの一人が、長腕の双刀使いだ。
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