第38話:ウミドの誓い(6)
ウミドに気づいたらしい兵は立ち止まり、すれ違っていく子供を怪訝な眼で見下ろした。しかしなにを言うこともなく、再び奥へ進んでいった。
傷の少女が怯えたのは、兵になにかされたからか。疑ったウミドは、暗がりの様子を窺う。だが少しのあと、楽し気に聴こえる兵の声がした。
あの少女とて、昨日や今日に来たわけではない。それはそうかと思い直した。
どこへ行く当てが──ではなく選択肢が存在しなかった。ドゥラクだけでなく、ウミドには兵も信用ならぬ相手だ。
それは先ほどの一件でも、イーゴリが来たときの様子でも言えた。
レオニスを殺すまで自分を無事でおくためには、レオニスの傍へ居るしかない。
ため息を吸ったところで留め、部屋へ戻る。と、別の剣闘士が二人、ウミドの仇へ木剣を向けていた。
「次の相手はどんなやつだ、今までの試合は見てきたんだろ?」
また教えを乞われているらしい。乞う側の一人がしどろもどろに答え、レオニスは満足げに頷く。
「よく見てるな、でももう少しだ。お前の言うでかい斧は、斧頭が大きいだけで柄は短い。あいつは斧そのものの重さに任せて、細かい技を使わない」
言いつつ繰り出したレオニスの足先が、相手の木剣を手から跳ねさす。それを宙で受け取り、「ここと、ここだ」などと剣闘士の左肩と左脚へ切り下ろす恰好をした。
「お前の右手への攻めは、お前の力でも強引に返せる。左手は盾と手甲を重ねるか、逆になにも着けずに身軽にするか。そうやって躱したあとが勝負だ」
なるほど、を動作で示すように。剣闘士は深くゆっくり首肯する。
たしかに、戦いを知らぬウミドにもよく理解できた。「さすが百人殺し」と褒めるのまでは真似られないが。
話す相手があるならちょうどいい。ウミドは黙って、己の鍛錬を始める。
石壁の穴から、見たくはなくとも試合が見えた。それをいつの間にか、この得物は長いか短いか、振り回すのか小技を使うのかと判別が入った。
以降、レオニスとの会話はなくなった。最低限、「ああ」とか「いや」とかの返答はしたけれど。
姑息にからかうようなことを言ってきても、すべて「そうか」で受け流した。
ある意味、勤勉と評して良いかもしれない。与えられた食事を残さず食い、身体を鍛え、夜はレオニスの睡眠を妨害する。
気づいたのは、必ずしも近づく必要はないこと。武器を用意し、あわよくば本当に殺そうと意識を向ける。
その時点でレオニスは目覚めているらしかった。
連夜。いつ仕掛けるかを決められるウミドと、仕掛けるつもりのあるなしを正確に読み取るレオニス。どちらの疲労が甚大だったか定かでないが、ウミドには幸い、眠いからと死ぬまでの要因はあまりなかった。
──いよいよ十日目。
十勝以上を重ねた剣闘士や、有力な貴族の連れてきた者の試合のみが行われた。
中でも最後の試合。とっぷりと日が暮れ、演舞場の壁にたくさんの松明が用意される中。レオニスが姿を見せると、天をも揺るがすかに客席が沸いた。
野太い男の歓声が束を成し、女の嬌声が突き抜けて刺さる。レオニスは軽く上げた手で受け止めながら、
そこに気怠さや眠気のようなものは見つけられない。眺めるウミドのほうが、とめどないあくびに難儀するありさまなのに。
「お集まりの方々に、ご案内申し上げる。いよいよ当月の最終試合、あらためてなにを言うまでもない百人殺しが戦います。対するは我らが皇帝陛下の弟君──より遣わされた、大剣使い。剣より長く、斧より重い得物を、己が手足のごとく扱う男」
普段の大音声が、このときばかりは大きいと感じなかった。途中、歓声に掻き消されかけたが、およそそのようなことを言った。
案内のとおり、長く分厚い大剣を担いだ男が演舞場へ入る。上半身は獣の皮をかぶったようで、頭には獣の角でも付けたような被りもの。
背丈はレオニスより頭一つ以上に高い。腕や胴、足周りはどれも倍はありそうだった。レオニス自身、闘技場ではドゥラクに継ぐ体格なのにだ。
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