第23話:剣闘士の死合(3)
「お前、やっぱり弱いのか?」
部屋へ戻り、やってきたアリサも帰ったあと、ウミドは問うた。ボルムイールについて、だ。
「お。メシと一緒にお喋りとは、やっと仲良くしてくれようってのか」
レオニスは寝床で、焼いた魚を。最も遠い隅で背中を向けたウミドが、茹でた根菜を。食事中とは違いないが、団らんと見做されるのは予想外だった。
噛み切れなかった繊維を肩越しに噴きつけ、抗議と敵意をウミドは示す。
「寝言は寝てるときだけにしろ」
「弱いとか強いなんてのは、考えたことがないな。考えるのは、どうやったら勝てるか、生き残れるか。やってみて、通じなけりゃ死ぬ。それだけだ」
常に生き死にが懸かっていれば、そういう考えになる想像はついた。だが結果として生きているなら、つまりレオニスは強いことになる。
「来たばかりの新顔が、お前の剣を壊した。新顔のほうが強いんだって、みんな言ってたぞ」
「ここには来たばかりでも、今までどこかでなにかはやってただろうさ」
「そりゃあそうだけど。じゃあ、あいつのほうが強いって認めるんだな」
小さな骨の一本ずつまで、レオニスは丁寧にしゃぶった。すると話す合間に、ちまちまと空白が生まれる。
「食うか喋るか、どっちかにしろ」
「ん? じゃあ先に食う」
「あぁん?」
宣言のとおり、レオニスの手が止まる様子はなかった。しかし、食べ終わるまで待ってやるのも癪に障る。
「今日が練習で、実際と違うのはオレにも分かる。どうなんだ、明日にも本気でやるってなったら」
「さあな。勝てるようには考えるが、やってみなけりゃ分からん」
「同じくらいのいい勝負ってことか」
「いや、だからな。どんな相手にも必ず強いやつ、反対に弱いやつってのはない。相手が子供で、腕力だけなら圧倒的でも。生きるか死ぬかは、やり方と運次第だ」
圧倒的に非力な子供。やり方と運。並べられた言葉に、ウミドの奥歯は強く軋む。
「バカにしやがって」
「してないだろ」
「じゃあ、なんで笑った。オレみたいなガキが、いくらやってもムダだって言うんだろ」
「笑った?」
オレみたいな、からは余計だった。苛立つ心持ちが拍車をかけ、つい口に出した。
それを心当たりなさげに首をひねられては、木皿を叩きつけそうになる。その前に「ああ」と、辿り着いたらしい声がして踏みとどまった。
「今朝の話か。あれは、いい一撃だった」
「だから笑った? 嘘を言うな、自分が殺されるってのに笑うやつが居るか」
「言ったろ。生きるか死ぬかは、やり方と運次第だ。今朝の一撃は良かったし、近づくのに音もしなかった」
答えになっていない。残っていた汁気を飲み干し、ウミドは木皿を投げつける。あらかじめそこと知っていたかに待つ手が、そっと受け止めたが。
「それなのに、どうして通じなかったか? さあな、お前と入れ替わってでもみなきゃ分からん。俺なら一つずつ、やり方を変えてみる。お前が死ぬ心配はないんだ、いくらでもできるだろ」
やはり答える気はないらしい。レオニスは食い終わった皿を鉄柵の傍へ置き、寝転んだ。
お前らと一緒に、訓練しろとでも?
やれば僅かなりと可能性が高まるのは否定できない。だが違う、とウミドは歯噛みする。
「そういえば、お前は何回勝ったんだ」
「次に勝ったら二十五だな」
ドゥラクは二十勝と言っていた。目の上のたんこぶというやつかと頷き、指を折った。
十九度で出遭わなかったレオニスと、いつ戦うのか。さらにボルムイールなど、いったい。
ウミドには、そこまで待てる気がしれなかった。
今日から試合の始まるという日。正確には前日の昼間から、闘技場を包む空気が変わった。
剣闘士らは訓練をせず、演舞場を磨きあげる。代わりに、よそから連れられた剣闘士らが具合いをたしかめ、客席で偉そうにふんぞり返る者の声に答えた。
演舞場の天は何十枚の帯が対角に渡され、およそ塞がれた。長い棒を持った兵があちらからこちらへ何度も往復するさまは、人殺しのためにとウミドを呆れさす。
「ねえ、ちょっと人数が足りなくてさ。手伝ってよ」
夕食を運んだアリサも、そんなことを言った。ほかでもなくウミドにだ。
初日は変わった趣向の試合が多く、人手が要る。それはたしかにとレオニスも認めたが、頷こうとはしない。
「俺から離したら、なにがあるか分からんからな」
「そんなの大丈夫だよ。あたしはずっと一緒に居るから」
懸念は妥当なのだろう。なまじ理解ができたことに、ウミドは自身へ舌打ちをする。
「やる」
「おいウミド」
「なにすればいいんだ?」
「ドゥラクみたいに、あからさまなやつだけじゃないんだぞ」
つかつかと歩み寄るレオニスから目を逸らし、鉄柵越しのアリサをだけ見つめた。
「大丈夫。朝、迎えに来るから」
言ったとおり、夜明けと共にアリサは訪れた。出番のないレオニスは、寝床から出る気配もない。
いつもの演舞場へ入る道を外れ、地面より低いほうへ階段を下った。松明のような灯りはないが、どこからとなく陽光が撥ねて足下くらいは見える。
五、六人も並んで歩ける石造りのトンネルを進むごと、ウミドの耳に妙な音が届き始めた。
最初は人の唸り声のようで、段々と増す尋常でない声量におののいた。
「これ、なんだ。獣の声か」
「うん。そうか、知らないよね。見せてあげる」
決して怒りは感じない。だからこそ、それでも声に押し返されるような自分の感覚が呑み込めない。
強いて似たものを探すなら、ゴロゴロと黒雲に潜む雷轟。その音のもとに、アリサは恐れる風もなく近づいていった。
「これ、見たことないよね」
四方を鉄柵で囲んだ箱の中に、褐色の獣が居た。ヤマネコに似ているようで、大きさは比べるべくもない。
黒々と首に巻いた豊かな毛を含めずとも、レオニスの二倍以上の体躯がありそうだった。
「
あと三歩のところから、アリサも近づかない。けれども全身を強張らせたウミドに、微笑む余裕を彼女は見せた。
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