第六章:猛暑

 更に二百年が経過した。ソッシ・ルーデ村はエルフの街の中でも屈指の大都市に成長していた。その発展の程は凄まじく、それまでのエルフたちに加え、カイロスバード家を筆頭に、王都に住んでいた一部のエルフ貴族たちまでもが移住してくるようになっていた。加えて、南の七王国の大国オリンバスの首都、アルヴァロットとの姉妹都市条約の締結により、人間たちの移住も進んでいたのだった。周囲の風景は一変し、木々の代わりに工場の煙突やタワーマンションが空高く、山々の合間を縫うようにして広がっていた。その山々さえも、木をすべて切られ、裸の状態になっていた。

 季節が夏へと移り変わり始めていたその日、ルミアは村の魔法病院のラウンジで昼の休憩を取っていた。午前中の診察のあと、体を休めていたのだ。

 すると、背後からしばらく耳にしていなかった声がした。

「久しぶりだな、ルミア。まぁ、そうはいっても、30年ぶりかな」

 ルミアが振り返ると、ローダスが壁に寄りかかって立っていた。以前会ったときよりも少し貫禄がついたように見えた。

「お兄さん、帰ってきてたんだ。久しぶり」

 ルミアは笑顔でローダスを歓迎した。

 ラウンジをあとにした二人は、病院の外のベンチに腰掛け、高台から街を眺めながら、それぞれのここ三十年のことについて語り合った。

「ついにルミアが魔法病院の医者か... 立派になったな」

 嬉しそうに笑う兄を見て、ルミアは肩をすくめた。

「でもお兄さんには勝てないよ。だって、ソッシ・ルーデ村木材取引窓口王都支部の部長でしょ。数百年かけて、ここの院長にでもならない限り、追いつけないよ」

「別に高い位についてることが立派ってことは無いと思うぞ。それぞれの場所で全力を尽くして、ルミアみたいに周りから信頼されるようになることが立派だと、俺は思うね」

 ローダスは妹に諭すような目線を向けた。

「相変わらず、お兄さんらしいこと言うね」

 ルミアの顔がほころんだ。

「そうか?... まぁ、そうかもな」

 ローダスも暫く考えると、微笑んだ。

「しかし、ここも暑いな。王都よりも涼しい気候帯に属してるんじゃなかったのか、ここは」

 ローダスが突然呟いた。彼の額には汗がにじみ始めていた。

「まだ初夏なのにね、暑いよね。ヒートアイランド現象、だっけ?」

 ルミアは、自分も汗ばんでいることに気づき、ハンカチで額を拭った。

「ああ、人間の科学者たちがそう名付けたらしいな。まぁ、自分たちの街が暑い程度のことで、ソッシ・ルーデ村のエルフが伐採の手を休めることはないだろうけどな」

 ローダスは誇らしげに微笑を浮かべた。

「ああ、そういえば、伐採つながりの話だけど、王都での生活はどうなの?とても慌ただしい場所だって聞いたけど」

 ルミアは思い出したように兄に尋ねた。

「慌ただしいのは、ここも変わらないよ。活気のレベルも王都に負けていないし...」

 不意にルミアは首筋に冷たいものを感じ、上を見上げた。ローダスもほぼ同時にその視線を空に向けた。

「ん、雨?」

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