第五章:一時の安寧
戦いのあとの晩、ソッシ・ルーデ村は喜びに湧いていた。村のあちらこちらから料理の匂いが漂う中、酒場にはエルフたちが集い、祝杯を交わした。
そんな中、ただ一人ルミアだけは、集会場の入口の階段に座り込み、地面を見つめていた。
「どうした、ルミア、そんな暗い顔して?」
横から聞き慣れた声がした。ルミアが顔を上げると、酒場の方からローダスが歩いてきていた。
「しかし、お前がレーゼの攻撃魔法まで使えるようになっていたなんてな... 前々から言ってくれていたら、もっと褒めたのに」
ルミアの隣に腰を下ろすと、ローダスは切り出した。
「いや、あれは、大魔導士レーゼが最初に編み出した、ってだけで、使うこと自体はそんなに難しくはないんだよね。戦闘魔導士にとっては、あの魔法は基本中の基本だって、魔導書にも書いてあったし...」
ルミアは魔法が好きだった。普段はもの静かな彼女も、ローダスが一度魔法の話を持ち出すと、いつも笑顔で語り始めた。だが、その時だけは、少しも顔が明るくならなかった。
ローダスは少し困った様子で笑った。
「全く... そんな浮かない顔するなよ、ルミア。俺たちは今日、魔物を倒して、村を守ったんだぞ。まるで、昔母さんがよく読んでくれた、「メイラと魔物」のおとぎ話みたいじゃないか、魔法を駆使して、村を魔物から...」
「あの六足狼、目が紫だった」
ルミアは唐突に呟いた。
「え?」
「六足狼は心臓が三つある以外に、どれだけ飢えているかで目の色が変わるのが特徴だって、魔法生態学の本に書いてあった。あの六足狼は目が紫だった。それは、極限まで飢えていたっていう印なの。それに、メイラは魔物を追い払っただけで、私達みたいに...」
ルミアの脳裏を六足狼の姿がよぎった。彼女の声にはどこか罪悪感のようなものが滲んでいた。
「あんな化け物に同情するのか?あそこで俺たちが手を打っていなかったら、村が無くなっていたかもしれないんだぞ」
ローダスは、妹の顔を覗き込むように語りかけた。
「別に、同情してるんじゃないけど... あのときは、体が勝手に動いてた。ああするしかないって思った。けど、今は...」
そう言って、ルミアは口篭った。
暫しの沈黙の後、ローダスが微笑んだ。
「ルミアは優しいんだな」
そう言って、いつかのように、ローダスはルミアの頭を優しく撫でた。
「あ、あと、良かったな、未知の病じゃなくて」
ソッシ・ルーデ村のエルフたちがあちこちで祝いの宴を催しているのにはもう一つ理由があった。ルミアとローダスが魔物を退けた直後、病の蔓延の報告を受けたカイロスバード家からの使者がソッシ・ルーデ村にやってきていた。その使者曰く、その病気は未知の病ではなく、数年前から王都や南の七王国でも確認されるようになった水を通して広がる病で、毒の出どころは不明なままではあるが、人間の研究者たちによって既に治療薬が開発済みとのことだった。
「うん、そうだね。薬も、少し値段は高いけど、村のお金で買えそうなんだよね?」
「ああ、もう伐採事業を始めて二百年以上が経った。この村が上げてきた利益は相当だからな」
ローダスは少し誇らしげに答えた。
「じゃ、俺は酒場に戻るとするかな」
ルミアの肩を軽く叩くと、ローダスは腰を上げ、ゆっくりと酒場の方へ歩き出した。
「ルミア、疲れてるんだったら、ここじゃなくて、家で休んだほうがいいぞ。それと...」
そこまで言うと、ローダスは立ち止まり、ルミアの方を振り返ると、力強く言い切った。
「もうクヨクヨするな。お前は、正しいことをしたんだ」
ルミアは小さく頷いた。
ローダスは妹に手を振ると、夜闇の中へ遠ざかっていった。
ルミアは視線を落とした。その日、ルミアは多くを目にした。だが、それらはすべて何か恐ろしいものの前兆に過ぎないのではないかと、彼女の中の何かが叫んでいた。
ローダスが去った後の静けさにルミアの声が小さく響く。
「まただ... またあの嫌な予感だ」
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