第三章:未知の病

 二百数十年の月日が流れた。その間に世界は大きく変わった。南の七王国のひとつ、アークレインの金鉱で石炭が発見されたことにより、人間たちが中心となって、いわゆる産業革命が達成されたのだ。アークレインの隣国であるスローデンで初めて実用化された蒸気機関車など、数々の画期的な発明が世に送り出され、人々の生活をより便利なものに変えていった。

 高級木材の生産地として南の七王国でも噂されるようになったソッシ・ルーデ村も例外ではなかった。木が切られ、新しく開拓された土地には、村の外からエルフたちが伐採事業が生み出した莫大な富を求めて移住してきていた。彼らの生活を支えるため、機関車をはじめ、最新技術も率先して導入されていった。ソッシ・ルーデ村は、以前ならば想像もできなかったほど、豊かで、活気のある街へと発展を遂げていった。

 だが、ここ数日は不安と緊張が走っていた。

「ルミア!ルミア!... ルミア、そこにいたのか。体は大丈夫か?腹の痛みはないか?」

 集会場に少し焦った面持ちで走り込んできたのは、ルミアの父、ラトロスだった。

「あ、お父さん。私は全然大丈夫。お父さんも元気そうで良かった。でも、お父さん、こんなところにいていいの?」

 ルミアは、少し驚いた様子で顔を上げ、尋ねた。

「ああ、商談諸々は一旦全部中止にした。こんなときに商談なんかしたって、いい取引はできそうにないしな。それより、病人たちの容態は?何か新しいことがわかったりしたか?」

 心配そうに尋ねる父に、ルミアは状況を説明した。

「少なくとも呪いの類じゃないってことは判明したんだけど、どんな毒かまではわからなかった。それに回復魔法も手当たり次第全部試してみたけど、どれも病気の回復どころか、症状の緩和にすらならなかった」

 ルミアは何か言いかけ、うつむいて口を閉じた。そして、しばらく沈黙した後、意を決したように続けた。

「あんまりこんなこと言いたくないんだけど... この病気は今までに私達エルフが治療してきたどんな病気とも違う...」

 ルミアは顔を上げると、はっきりと答えた。

「未知の病だと思う」

 それは一週間ほど前に始まった。ルミアの隣人が、いつもの如く川の水を飲んだら急にお腹が痛くなった、と言って、村一番の優秀な回復魔導士に成長していたルミアのもとを訪ねてきたのだ。その後も、川の水を飲んだ村人たちが次々と腹痛を訴え始めたのだった。病人の数は日に日に増えていき、遂にそれぞれの家で療養するのでは埒が明かないと判断した村長が、急遽村の集会場を開放し、そこに病人を集めて、村全体で看病しようと提案するに至った。村人たちは皆これに賛同し、その一環でルミアは、父や村長から頼まれたこともあり、この病の分析にあたっていたのだった。

「そうか... そんなところまで調べてくれていたのか。ありがとうな、ルミア。疲れただろう、今日はしっかり休みなさい」

 父に背中を擦られたルミアは小さく頷いた。

 ラトロスはため息をつくと、独り言のように呟き出した。

「しかし、もしこれが本当なら、これは思っていた以上に厄介な事態だな。このままでは伐採の方にも支障をきたしかねない。村長にもすぐに...」

 突然、森の方から不気味な音が、山々に木霊しながら響いてきた。狼の遠吠えとカラスの鳴き声を合わせたような、なんとも形容し難い、背筋の凍るような音だった。

「まさか、そんな馬鹿な...!」

 ラトロスは小さく叫んだ。

「お父さん、今のって...」

「間違いない、今のは...」

 ハッとした顔で尋ねる娘に、ラトロスは答える。

 

「魔物の声だ」

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