第53話 揺らぐ平穏

奈緒美と彩は雪山で見つけた通信装置をラボに持ち帰り、解析を開始した。高橋剛がその装置を細かく調べ始めると、彼の顔には徐々に緊張感が漂い始めた。ラボの中は、装置から引き出されたデータに集中する静かな空気に包まれていた。


「どう?何か出てきた?」彩がデスクの隣から問いかけた。


高橋はモニターに映し出されたデータを凝視しながら、ゆっくりと口を開いた。「これは…ただの通信記録じゃない。明美さんは、ここで何かを記録していた。音声データだ。」


「音声データ?」奈緒美は興味を示しながら高橋に近づいた。「それには、何が記録されているの?」


「まだ全てを解析していないけれど、部分的にはっきりとした会話が残っている。」高橋はヘッドフォンを耳に当て、再生ボタンを押した。「聴いてみて。」


奈緒美と彩はヘッドフォンを共有しながら、音声データに耳を傾けた。そこには、佐藤明美のものと思われる声が残されており、彼女が何かを調査していた様子が伺えた。彼女は、山川一郎との会話を録音しており、その中で彼が何か重大な秘密を隠していることをほのめかしていた。


「…私は真実を知りたいだけなんです…これが私の家族に関係しているなら…」明美の声が微かに震えながら響いていた。


「それ以上は聞くな。お前が関わるべきことじゃない。これは村の問題だ。」山川一郎の低い声が、脅迫するように応じた。


「でも…それは間違っています。私は…」


突然、音声は途切れ、奈緒美たちは凍りついたように黙り込んだ。録音はそこで終わっていたが、その短い会話が何を意味するのかは明らかだった。


「明美さんは、村の秘密に近づきすぎたのね。」彩が声をひそめて言った。「それが彼女を殺す原因になった。」


「彼女はただ、家族の過去を知りたかっただけなのに…」奈緒美は深いため息をついた。「山川一郎は、真実を隠すためなら何でもする覚悟だったということね。」


その時、ラボのドアが激しくノックされ、奈緒美たちは驚きの表情を浮かべた。ドアが開くと、そこには村の役人が険しい顔で立っていた。彼は奈緒美たちに向かって冷たい目を向け、厳しい口調で言った。


「前田奈緒美さんですね。あなた方には、今すぐ村を離れていただきます。」


「何ですって?」奈緒美は驚きつつも冷静に応じた。「私たちはまだ調査を終えていません。明美さんの死の真相を突き止めるために、ここにいるんです。」


「それは必要ありません。」役人は冷たく言い放った。「村の平和を乱す行為は許されません。今すぐ村を離れないなら、強制的に退去させます。」


「これはどういうこと?」彩が混乱した様子で尋ねた。


「山川一郎が何かを仕掛けたのね。」奈緒美は役人の目をまっすぐに見据えながら言った。「でも、私たちはこのまま引き下がるわけにはいきません。真実を追求することが私たちの使命です。」


「今後の行動には注意しなさい。」役人はそれ以上何も言わず、無言で部屋を出て行った。


「これで、彼らが私たちを本気で排除しようとしていることが明らかになったわね。」奈緒美は深く考え込みながら言った。「でも、それでも諦めるわけにはいかない。明美さんのためにも。」


「どうするの?」彩は不安げに尋ねた。


「私たちは、この音声データを元に、さらに証拠を集めるわ。」奈緒美は決意を固めた。「山川一郎が何を隠しているのか、全てを暴き出してやる。」


その後、奈緒美たちは山川一郎に関するさらなる調査を進め、彼の家族に関する隠された記録を探り出そうとする。しかし、村全体が彼女たちに対して敵対的になり始めていることを感じ取った。


「村の平和…そのために彼らは何を犠牲にしてきたのか。」奈緒美は心の中で問いかけながら、調査を続けることを誓った。

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