第50話 沈黙の伝承
村に入ってからしばらく経ったが、奈緒美と彩は未だに村人たちの協力を得られずにいた。雪に覆われた村は依然として冷たい空気に包まれ、どこか重苦しい雰囲気が漂っていた。奈緒美は調査の難航を予感しつつも、何か手がかりを見つけるために村の古い資料を調べることを決意する。
「私たちにできることは、少しでも情報を集めて、村の過去を紐解くことね。」奈緒美は、古びた資料室に足を踏み入れながら言った。
資料室の中は薄暗く、古い書物や巻物が無造作に積み上げられていた。ほこりが舞い上がり、かすかに湿った匂いが漂っている。奈緒美と彩は、村の歴史に関する記録を探し始めた。
「ここには、昔から伝わる村の伝説や神話が記されているみたい。」彩は、古い巻物を手に取りながら言った。「でも、どれも抽象的で、直接的な手がかりにはならなさそうね。」
「それでも、この村の背景を知るためには必要な情報だわ。」奈緒美は慎重に巻物を広げ、その内容に目を通し始めた。
そこには、「雪の女王」と呼ばれる古い伝説が記されていた。村に古くから伝わるこの物語は、厳しい冬の寒さを象徴するような女王が登場し、村を冷たく支配したというものだった。女王の姿は美しいが、その心は氷のように冷たく、彼女の怒りに触れた者は永遠に凍りついてしまうという。
「この伝説…何か意味があるのかしら?」彩は眉をひそめた。「ただの昔話にしては、やけに具体的ね。」
「そうね。」奈緒美も同意した。「この村が過去に経験した何かを、伝説の形で隠しているのかもしれない。」
その時、資料室の扉がギィッと音を立てて開き、老人の森田静子がゆっくりと入ってきた。彼女は、奈緒美たちが手にしていた巻物に目をやり、穏やかだがどこか厳しい表情を浮かべた。
「雪の女王の伝説に興味を持ったのかい?」静子の声は低く、かすかに震えていた。
「この村で何が起きたのかを知りたいんです。」奈緒美は静かに返答した。「この伝説が、現在の事件と関係しているのではないかと考えているのですが…」
静子はしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと語り始めた。「この村には、長い間隠されてきた秘密がある。それを知ることは、おそらくあなたたちにとって良いことではないだろう。でも、もう誰かが真実に向き合わなければならない時が来たのかもしれない。」
「それは、遺体で発見された佐藤明美さんのことと関係がありますか?」奈緒美は問いかけた。
静子はその名前を聞いた瞬間、目を細めた。「彼女は…不幸な運命に巻き込まれたのだ。明美は村の過去に何かを見つけ、それを暴こうとした。だが、村の掟はそれを許さなかった。」
「村の掟?」彩が驚いて声を上げた。「それは一体…」
「この村では、外部に知られてはならないことがある。それが何かを知れば、この村に生きる全ての者が呪われる。だから、外部の者には話せないのだよ。」静子の声は、どこか悲しみに満ちていた。
「それでも私たちは知りたいんです。」奈緒美は強い意志を持って言った。「明美さんが何を見つけたのか、そしてそれが彼女の死にどう影響したのかを。」
静子はしばらく奈緒美の目をじっと見つめていたが、やがて諦めたように微笑んだ。「あなたたちには、覚悟があるようだね。でも、その覚悟がどれほどのものか、私が試すことはできない。ただ、気をつけることだ。この村の真実は、冷たく、そして残酷だ。」
静子はそう言い残し、資料室を後にした。奈緒美たちは、彼女の言葉が重く胸に響くのを感じながら、さらに深く調査を続けることを決意した。
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