第30話 予期せぬ対決と真実の一端

奈緒美が見つけ出した犯人の暗号が示す場所。それは、市の郊外にある古びた倉庫だった。かつては物流の拠点として使われていたが、今ではほとんど忘れ去られた存在となっている場所だ。警察とNDSラボは緊急で現地に向かう準備を整え、夜明け前の薄暗い時間帯にその場所へと向かっていた。


車の中で、刈谷は運転席の横で無言のまま考え込んでいた。毛利は後部座席に座り、無線で指揮を執る同僚たちに指示を送っていた。車内の緊張感は高まり、全員がこれからの展開に備えていた。


「ここが犯人の次のターゲットなのか…」刈谷は独り言のように呟いた。「なぜこの場所を選んだんだろうか。」


「おそらく、犯人にとって重要な場所なのでしょう。」奈緒美は地図を見つめながら答えた。「この倉庫には何か特別な意味があるはずです。あるいは、私たちを挑発するための罠かもしれません。」


「罠…か。」刈谷は考え込むように繰り返した。「いずれにしても、我々が動く前に犯人が先手を打つ可能性は高い。気を引き締める必要がある。」


やがて、車が倉庫の前に到着した。周囲は暗闇に包まれており、建物の影が不気味に伸びていた。何かがこの場所で待ち受けているような、異様な雰囲気が漂っている。


「全員、準備はいいか?」刈谷は冷静な声で呼びかけた。警察のチームは武装を整え、奈緒美もまた、科学的な装備を手にしていた。


「行きましょう。」奈緒美は決意を込めて言い、チームは倉庫の中へと慎重に足を踏み入れた。


内部は薄暗く、埃っぽい空気が漂っていた。倉庫内には古い木箱やパレットが無造作に積まれており、かすかに錆びた金属の匂いが鼻をついた。静寂が周囲を包み、わずかな足音すらも反響して不気味さを増していた。


「気をつけろ。何があるかわからない。」刈谷は周囲に目を光らせながら、チームに指示を出した。全員が慎重に進み、倉庫の奥へと歩を進めていった。


その時、突然何かが床を叩く音が響いた。チーム全員が立ち止まり、緊張感が一気に高まる。刈谷は手を挙げ、音の方向を示した。


「音がしたぞ、あの方向だ。」毛利が囁くように言った。


「慎重に進め。罠かもしれない。」刈谷は低い声で指示を出し、ゆっくりと音がした方向へと進んだ。


暗闇の中、チームが音の発生源に近づくと、そこには一つの木箱が無造作に置かれていた。箱の蓋がわずかに開いており、内部が暗闇に沈んで見えなかった。


「何かがおかしい。」奈緒美は直感的に感じ取り、刈谷に目配せをした。「これが犯人の仕掛けた罠かもしれません。」


「開けてみるしかない。」刈谷は覚悟を決めて、慎重に木箱の蓋に手を伸ばした。チーム全員が息を呑んでその瞬間を見守る。


蓋がゆっくりと開かれると、中からは何かが転がり出た。それは…人形だった。古びた、まるで使い古されたかのような人形が箱の中に収められていた。


「これは…」毛利が不審そうに言葉を漏らした。「どういう意味なんだ?」


「犯人のメッセージかもしれません。」奈緒美は人形を注意深く観察しながら言った。「あるいは、犯人がここにいることを知らせるための合図か…」


その時、突然倉庫の奥からもう一つの音が響いた。それは重たいドアが閉まる音だった。チーム全員が驚いてその方向に視線を向けると、そこには人影があった。


「誰かいる!」刈谷は即座に動き出し、音の方へ駆け出した。毛利も後を追い、奈緒美もまた科学的な装備を携えてその場に急行した。


彼らがたどり着いた先には、一人の男が立っていた。彼の顔は影に隠れ、表情は見えなかったが、その姿勢からは不気味なまでの落ち着きが感じられた。


「ここまで来るとは思っていなかったよ。」男は静かに口を開いた。その声には冷たさと、どこか挑発的な響きがあった。「君たちが何を望んでいるか、よくわかっている。」


「お前が…犯人か?」刈谷は拳を握りしめ、男に問いかけた。


男は答えず、ただ薄く笑みを浮かべた。その笑顔は、まるで全てを見透かしているかのような不気味さがあった。


「私はただ、真実を追い求めているだけさ。」男は冷静に言った。「君たちがどんなに足掻いても、真実からは逃れられない。」


その言葉を聞いた瞬間、刈谷はすぐに動き出し、男に飛びかかった。しかし、その瞬間、男はすばやく身を翻し、倉庫の奥へと姿を消した。


「追え!」刈谷が叫び、チーム全員が一斉に動き出した。彼らは男の後を追い、倉庫の複雑な構造の中を駆け抜けていった。


だが、男の動きは異常なまでに早く、倉庫の暗闇の中で次々と隠れ場所を見つけ、追跡を撹乱し続けた。刈谷たちは必死に追い続けたが、男の動きを捉えることはできなかった。


やがて、男の姿が完全に消え去り、倉庫の中には再び静寂が訪れた。刈谷は息を切らせながら、周囲を見回し、どこにも男の姿がないことを確認した。


「逃げられたか…」刈谷は悔しそうに呟き、壁に拳を打ちつけた。「あと少しだったのに…」


「しかし、ここでの対決が無駄だったわけではありません。」奈緒美が静かに言った。「犯人がこの場所に現れたということは、我々の推測が間違っていなかったという証拠です。そして、この場所にはまだ手がかりが残されているかもしれない。」


「その通りだ。」刈谷は気を取り直し、チームに指示を出した。「全員、この倉庫内を徹底的に捜索しろ。何か犯人に繋がるものが必ず残っているはずだ。」


再び捜索が始まり、倉庫の中を細かく調べていくチーム。奈緒美もまた、犯人が逃げ去った後に残した微細な痕跡を見逃すまいと、科学的な装備を駆使して調査を進めた。


その時、奈緒美の目に一つの異変が映り込んだ。倉庫の隅にある、まるで隠されたような小さな部屋。その扉はわずかに開いており、中から微かな光が漏れていた。何かがこの部屋の中にある。奈緒美の直感が、ここに犯人に繋がる重要な手がかりが隠されていると告げていた。


「刈谷さん、この部屋を調べてみます。」奈緒美は慎重に呼びかけ、刈谷が頷いた。


「気をつけろ。何があるかわからない。」刈谷はすぐに毛利に合図を送り、二人は奈緒美の背後に立ち、いつでも対応できるように準備を整えた。


奈緒美は手袋を装着し、慎重に扉を押し開けた。部屋の中は薄暗く、埃っぽい空気が漂っていた。古びた机と椅子が無造作に置かれており、その上にはいくつかの紙が散乱していた。さらに奥には、いくつかの古い機材が置かれているのが見えた。


「この部屋…何かの作業場だったのかもしれない。」奈緒美は独り言のように呟きながら、机の上の紙を手に取った。その紙は、数式や化学式が書かれたメモだったが、その内容は専門的で難解なものだった。


「これは…」奈緒美は眉をひそめた。「化学実験の記録のようですね。何かの薬品の調合方法が記載されています。おそらく、犯人が毒物を調合する際に使ったものだと思われます。」


「犯人がここで薬品を作っていたのか。」刈谷は部屋の中を見渡しながら言った。「それならば、この場所が犯行の拠点だった可能性が高い。」


「ええ。」奈緒美は机の上のメモを慎重に折りたたみ、証拠袋に入れた。「このメモを解析すれば、犯人の正体に近づけるかもしれません。」


その時、毛利が奥の壁にかかっている古い布を見つけた。「これ、何か隠しているようです。」


奈緒美が近づき、その布を慎重にめくり上げると、そこには一枚の写真が隠されていた。写真には、かつて工場で働いていた従業員たちの姿が映し出されていたが、その中に一人、見覚えのある顔があった。


「この男…」奈緒美は写真を凝視し、驚愕の表情を浮かべた。「この男は、先日会った化学工場の元従業員です。彼が…犯人だったのか。」


刈谷もその写真を見て驚いた。「つまり、この工場の元従業員が犯行を行っていた。そして、彼は内部告発者を使って我々を撹乱しようとしていた。」


「そう考えるのが自然です。」奈緒美は深く息をつきながら答えた。「彼が工場で培った知識を使って、これまでの犯行を行ってきたのです。そして、私たちにメッセージを残すことで、捜査を攪乱しようとした。」


「だが、彼の目的は何だ?」刈谷は疑問を抱きながら問いかけた。「ただの復讐や殺人ではないように思える。もっと大きな目的があるはずだ。」


「その答えは、まだわかりません。」奈緒美は静かに答えた。「しかし、彼がここで薬品を調合していたことは確かです。この場所をもっと詳しく調べる必要があります。」


その時、突然、倉庫の外からサイレンの音が聞こえてきた。警察の援軍が到着したのだ。刈谷は即座に無線で連絡を取り、倉庫全体の捜索を命じた。


「全員、この場所を徹底的に調査しろ!」刈谷は指示を出し、部屋の隅々まで捜索するように命じた。「犯人が残した痕跡を見逃すな!」


警察のチームが動き出し、倉庫の各部屋を調査し始めた。その中で、奈緒美は机の上に残されたメモや写真を丹念に調べ続けていた。彼女の心には、犯人の真の目的が何なのかを突き止めるための決意が渦巻いていた。


「このメモ…もっと調べれば、彼の次の動きを予測できるかもしれない。」奈緒美は自らに言い聞かせるように呟き、手元の証拠を慎重に整理していった。


その夜、倉庫内での捜索は深夜まで続いた。奈緒美たちは犯人が残した手がかりを一つずつ解明し、次なる行動を予測するための材料を集めていた。彼らの戦いはまだ終わっていない。真実に迫るための長い夜が続いていた。

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