第23話 第一発見者

冷たい朝の光がゆっくりと街を照らし始めた頃、街の喧騒はまだ眠りから覚めていなかった。廃ビルの周辺は、普段から人通りが少なく、通勤者の足音がわずかに響くのみだった。しかし、その静けさを打ち破るように、一人の女性の悲鳴がビルの中から響き渡った。


「誰か…助けて!」

廃ビルの入口付近でホームレスの女性が震える手で携帯電話を取り出し、警察に通報していた。彼女はそのビルで寒さをしのいでいたが、ふと奥の方で不自然に倒れている人影を見つけたのだ。


その姿を確認した瞬間、彼女の背筋に冷たいものが走った。女性は血の気が引いた顔で警察に現場の状況を伝える。声は震え、言葉が上手く出てこなかったが、警察はその緊急性をすぐに理解し、現場へ急行することとなった。


数分後、パトカーが廃ビル前に到着した。青と赤の回転灯が淡い朝焼けの中で回り、通行人の目を引く。現場に降り立ったのは、西武武蔵野署の刑事、刈谷優一と毛利涼太だった。


「状況は?」

刈谷はすでにその場に到着していた巡査に問いかけた。巡査は緊張した面持ちで、「遺体が奥の部屋にあります。外傷は見当たりませんが、恐らく…殺人だと思われます」と報告する。


刈谷は一瞬目を細め、その報告を慎重に受け止めた。「よし、慎重に行こう。」彼は毛利に目で合図し、二人は廃ビルの中に入っていった。


薄暗く荒廃したビルの内部には、湿気と埃の匂いが漂い、冷え切った空気が身体にまとわりつく。足音がわずかに響く中、二人は奥の部屋へと向かう。その空間に足を踏み入れると、二人の視界に冷たくなった被害者の姿が飛び込んできた。


「この姿勢…抵抗の跡は見当たらない。」刈谷は慎重に周囲を観察しながら言った。「毛利、遺体を調べてみろ。外傷がないか確認するんだ。」


毛利は頷き、被害者の周囲を慎重に調査し始めた。彼の手は冷静で、その一つ一つの動きに迷いはなかった。被害者の手元や顔、服装のわずかなシワまで、目を凝らして観察する。


「目立った外傷はありません。しかし…」毛利は疑問を抱いたように、被害者の手元にある小さな傷に目を止めた。「ここに微細な傷があります。針か何かで刺されたような跡です。」


刈谷は毛利の言葉に反応し、その傷を確認した。「これは…何か特別な手段で殺されたのかもしれないな。」


その瞬間、二人の間に緊張感が走った。通常の殺人とは異なる、何か特異な手段が使われた可能性が浮上した。刈谷は被害者の顔を見つめ、その冷たさの中に何かを探し求めた。


「警察医を呼べ。徹底的に調べる必要がある。」刈谷は即座に指示を出し、さらに現場の捜査を進めることを決意した。彼は何かがこの事件に隠されていると直感していた。


その時、廃ビルの外で再び警察のサイレンが鳴り響いた。次々と到着する警察車両が、事件の重大さを物語っていた。現場は封鎖され、捜査員たちが次々とビルに入り込んでいく。


「これはただの殺人事件ではない…」刈谷は静かに言った。「この犯人は計画的だ。慎重に、そして冷酷に殺したんだ。奈緒美に連絡してくれ。NDSラボに協力を依頼する。」


毛利はすぐに携帯電話を取り出し、NDSラボに連絡を入れた。その目は冷静でありながらも、事件の背後に潜む恐怖を感じ取っていた。奈緒美たち科学捜査班がこの事件に関与すれば、犯人を追い詰める手がかりが得られるかもしれない。しかし、彼らが直面するであろう困難もまた容易に想像できた。


「奈緒美さん、刈谷です。すぐに現場に来てください。…ええ、連続殺人の可能性があります。」


毛利は電話を切り、刈谷に目を向けた。「NDSラボがすぐに動いてくれるそうです。」


「よし、これで何とかなるかもしれない。」刈谷は一息つき、再び現場に目を戻した。「だが、この犯人は簡単には姿を現さないだろう。私たちはその影を追い続ける覚悟が必要だ。」


毛利はその言葉に黙って頷いた。彼らが追う犯人は、すでに次の手を打っているかもしれない。捜査はまだ始まったばかりだが、その背後に潜む恐怖と戦うための準備が整えられようとしていた。


廃ビルの中で静かに進む捜査。その外では、朝の陽光が街を照らし始めていた。だが、その光が当たらない場所には、まだ多くの謎が残されている。

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