第19話 システム修正の決断

奈緒美は、深夜まで続けた調査の結果を手に、NDSラボの会議室に向かっていた。彼女の足取りは重く、心には確かな重圧がのしかかっている。手元のレポートは、彼女の長い夜の証であり、ラボ全体を揺るがす事実を明らかにするものだった。会議室のドアを開けると、すでにリーダーの榊原明、プロジェクト責任者の森田正隆、そして高橋剛が席についていた。


「おはようございます、皆さん。」奈緒美は挨拶を交わし、手にしたレポートをテーブルに置いた。「今日は、昨夜の調査結果について報告させていただきます。『Project Mortem』に関して、非常に重要な事実が判明しました。」


森田はすぐに反応し、険しい表情で奈緒美を見つめた。「重要な事実とは一体何ですか?」


奈緒美は深呼吸し、資料を手に取って説明を始めた。「こちらのデータをご覧ください。システムが特定の条件下で動作した際のログを分析した結果、非常に異常なパターンが見つかりました。これがシステムの誤作動を引き起こし、結果的に佐藤さんと篠崎さんの死因となった可能性が極めて高いです。」


高橋がプロジェクターを操作し、スクリーンにデータを映し出す。複雑な数値やグラフが次々に表示され、奈緒美はそれを指しながら説明を続けた。「この不規則なパターンは、システムが通常の動作から逸脱し、予期せぬ反応を引き起こすことを示しています。これが原因で血液中の化学物質が異常に生成された可能性があります。」


森田はそのデータを見つめ、眉間に皺を寄せた。「このパターンが発生する頻度はどれくらいですか?そして、それが人体にどのような影響を及ぼすのか、具体的に説明していただけますか?」


「これまでの分析によると、このパターンは非常に稀に発生します。しかし、発生した場合の影響は甚大です。」奈緒美は慎重に言葉を選びながら説明を続けた。「システムが誤作動することで、人体に対して異常な反応が引き起こされるリスクが確認されています。これが直接の死因である可能性が高いです。」


榊原が静かに口を開いた。「つまり、このシステムがプロジェクト全体にとって危険な存在であるということですね?」


「その通りです。」奈緒美は力強く頷いた。「このままでは、プロジェクトを続行することは非常に危険です。私たちはシステム全体を再構築し、安全性を確保する必要があります。」


森田は再び黙り込み、深く考え込むような様子を見せた。彼にとって、このプロジェクトは長年の努力の結晶であり、ここでそれを一時停止する決断を下すことは簡単ではない。しかし、奈緒美の言葉には真実があり、彼もそれを無視することはできなかった。


「分かりました。」森田はついに口を開き、静かに言った。「プロジェクトを一時停止し、システム全体を見直します。ただし、この修正作業には時間がかかるでしょう。その間、ラボの他のプロジェクトにも影響が出る可能性があります。」


「それは覚悟の上です。」奈緒美はきっぱりと答えた。「しかし、私たちはこの道を選ばなければなりません。これ以上の犠牲を出さないためにも、システムの再検証が必要です。」


榊原も深く頷き、森田に賛同した。「私たちは科学者として、真実を追求し、人命を守る責任があります。プロジェクトの進行よりも、まずは安全性の確保を最優先に考えましょう。」


この決断をもって、システムの再検証と修正作業が正式に開始されることとなった。奈緒美は内心で安堵を感じたが、同時にさらなる責任がのしかかることを実感していた。


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会議が一段落し、プロジェクトのシステム修正に向けての方針が決まったその直後、会議室のドアが唐突に開かれた。会議の場に駆け込んできたのは、神谷悠だった。いつも冷静で知られる彼が、このように慌てた様子を見せるのは異例のことであった。室内の空気が一瞬で緊張に包まれる。


「申し訳ありません、皆さん。」神谷は息を整えながら、真剣な表情でテーブルに手をついた。「緊急の報告があります。内部告発の情報が外部に漏れかけている可能性が非常に高いです。」


「内部告発?」榊原が驚いたように言った。彼の声には、予期しなかった事態への戸惑いが込められていた。


神谷は無言で頷き、続けて説明を始めた。「私たちのプロジェクトに関する非常に重要な機密情報が、外部に流出しようとしているようです。もしこれが現実になれば、プロジェクトだけでなく、ラボ全体が大きな打撃を受けるでしょう。」


奈緒美はその言葉に驚きと焦りを感じた。これまで追い求めてきた真実が、今や別の形で彼らを襲おうとしている。この内部告発が実際に公になると、プロジェクトの存続が危ぶまれるばかりか、NDSラボそのものが危機に瀕する可能性が高い。


「その情報が具体的に何で、どこから漏れているのか分かりますか?」奈緒美は冷静さを保ちながらも、内心の焦燥感を隠せないでいた。


「まだ全容は把握できていませんが、プロジェクトの初期段階での不正行為に関するものと見られます。」神谷は険しい表情を崩さずに続けた。「もしこの情報が公になれば、私たちのラボの信頼は一瞬にして崩れ去るでしょう。何としても、それを防がなければなりません。」


奈緒美はその言葉を聞き、心の中で冷たい何かが広がるのを感じた。長年にわたる研究と努力が、一瞬のうちに崩れ去るかもしれないという恐怖が彼女を支配し始めた。だが、彼女はすぐに自分を立て直し、冷静な判断を下すべく思考を巡らせた。


「私たちは、まず内部告発者の正体を突き止め、その意図を確認する必要があります。」奈緒美は決意を込めて言った。「もしその情報が外部に漏れる前に、私たちが事実を把握し、適切な対応を取れば、ラボ全体を守ることができるかもしれません。」


「同感です。」高橋がすぐに応じた。「デジタルフォレンジックの技術を駆使して、内部告発者が残した痕跡を追跡します。これで、どのように情報が漏れようとしているのかを突き止められるはずです。」


榊原もまた、事態の重大さを理解し、神谷に向けて指示を出した。「すぐに内部告発者の情報を集めてください。奈緒美さん、高橋さん、あなたたちも協力してこの問題を解決する必要があります。ラボ全体の未来がかかっているんです。」


神谷はすぐに頷き、迅速に行動を開始した。彼が会議室を出て行った後、奈緒美と高橋は再び顔を見合わせた。彼らの目には、決意と不安が交錯していた。


「奈緒美さん、私たちがこれまでにやってきたことは間違っていない。しかし、今こそ私たちが全ての真実を明らかにし、このラボを守る時です。」高橋が静かに語りかけた。


「ええ、そうですね。」奈緒美は高橋に頷き返した。「私たちの使命は、科学を通じて真実を明らかにし、命を守ることです。たとえどんなに困難な状況であっても、それを貫く覚悟があります。」


その瞬間、奈緒美は新たな決意を固めた。内部告発者を突き止めること、それが今の最優先課題だ。しかし、同時に彼女は、この告発者が何を訴えようとしているのか、その背後にある真意を見極める必要があると感じていた。


この告発が、ただの不満や報復ではなく、プロジェクトに潜む真の危険性を訴えるものであるならば、奈緒美自身がその真実に正面から向き合わなければならない。そうでなければ、彼女が追い求めてきた科学と倫理のバランスが崩れてしまうかもしれないのだ。


「まずは情報を集めましょう。告発者が誰で、何を目的にしているのかを明らかにするのが先決です。」奈緒美は自らに言い聞かせるように言い、立ち上がった。「私たちが全てを把握すれば、適切な行動を取ることができるはずです。」


高橋も立ち上がり、奈緒美と共に部屋を後にした。二人は、緊張感を胸に抱えつつも、決して怯むことなく、前進する覚悟を持っていた。この告発がもたらす影響は計り知れない。しかし、奈緒美はその全てを受け入れ、科学者としての使命を果たすために動き始めるのであった。


これから待ち受ける困難な道を乗り越えるために、彼女は全ての力を注ぐ覚悟を決めていた。

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