第17話 システムの欠陥

奈緒美は、神谷との話し合いを終えた後、研究室に戻る道すがら、心の中で複雑な思いを抱えていた。法律的な助言を得たことで一歩前進したものの、根本的な問題を解決するためには、さらなる科学的な証拠が必要であることを痛感していた。


研究室に戻ると、すでに高橋剛が待っていた。高橋はNDSラボのデジタルフォレンジックの専門家であり、奈緒美とはこれまで数多くの事件で協力してきた信頼できるパートナーだ。彼は無言で奈緒美に挨拶を交わし、自分のコンピュータに向かって作業を続けていた。


「高橋さん、進展はありましたか?」奈緒美は彼の隣に立ち、モニターに表示された複雑なデータを見つめた。


「ええ、少しずつですが、何かが見えてきました。」高橋は画面から目を離さずに答えた。「『Project Mortem』に使用されているシステムは、極めて高度なアルゴリズムを用いていますが、その中にいくつかの奇妙なパターンが見つかりました。これが、佐藤さんや篠崎さんの体内にあった化学物質とどう関係しているのかを調べています。」


「奇妙なパターン?」奈緒美は眉をひそめながら、高橋の説明に耳を傾けた。


「はい。システムが動作する際に、特定の条件下で不規則な動きを示すことがあるんです。通常、これらのアルゴリズムは安定しているはずなんですが、何らかの原因で予期せぬ反応を引き起こしているようです。」高橋はさらに画面を操作し、詳細なデータを奈緒美に示した。


奈緒美はデータを注意深く見つめた。その数値は、通常のシステム動作ではあり得ないものだった。「もしこの不規則な動作が、人間の体に影響を与える原因だとしたら…」彼女の頭の中で、仮説が次々と組み立てられていく。「高橋さん、このパターンが人体にどのように影響を与えるかについて、もっと調べていただけますか?」


「もちろんです。」高橋はすぐに作業を再開した。「ただ、このパターンが発生する頻度は極めて低く、発生条件も非常に特殊です。完全に解明するには時間がかかるかもしれませんが、何とか進展を見つけ出します。」


奈緒美は彼の言葉に頷きながらも、内心では焦りを感じていた。時間は限られている。もしこのシステムの欠陥が原因でさらに犠牲者が出るようなことがあれば、取り返しのつかない事態になるかもしれない。


「分かりました。私も引き続き他のデータを検証します。何か分かったらすぐに知らせてください。」奈緒美はそう言うと、自分のデスクに戻り、再びデータの解析を始めた。


彼女は、佐藤と篠崎が使用していたデバイスのログデータを詳しく調べ、そこからさらなる手がかりを探ろうとした。通常であれば見逃してしまうような細かな異常を見つけ出すために、彼女は一つ一つのデータを丁寧に精査していく。


時間が過ぎるにつれ、奈緒美の目に疲労が現れてきたが、彼女は決して手を止めることはなかった。何度も画面を見直し、データの相関関係を探り続けた。何かが必ずあるはずだ。このシステムが致命的な影響を与えている証拠が、どこかに隠されている。


やがて、高橋が再び声をかけた。「奈緒美さん、これを見てください。」彼の声には興奮が混じっていた。「システムの不規則な動作が特定の生物学的反応を引き起こすことが分かりました。この反応が、体内の化学物質の異常生成に繋がっている可能性があります。」


奈緒美はすぐに高橋の元に駆け寄り、モニターに表示された新たなデータを確認した。それは、彼女がずっと探し求めていた証拠だった。システムの欠陥が、特定の条件下で人体に致命的な影響を与えることを示すデータだった。


「これで間違いありません。」奈緒美は力強く言った。「このシステムが原因です。これが佐藤さんや篠崎さんを死に至らしめた原因です。」


高橋は頷き、奈緒美と目を合わせた。「このデータを持って、すぐに榊原さんと森田さんに報告しましょう。プロジェクトを停止させるためには、これが決定的な証拠になります。」


奈緒美は深く息をついてから、高橋に感謝の意を込めて微笑んだ。「本当にありがとうございます、高橋さん。あなたの協力がなければ、ここまで来ることはできませんでした。」


「いえ、奈緒美さんこそ、真実を追求するためのその姿勢がなければ、この事実には辿り着けなかったでしょう。」高橋もまた、真剣な表情で答えた。


二人は決意を新たにし、すぐに榊原と森田に報告を行う準備を始めた。この瞬間、奈緒美は科学の力と仲間の支えによって、真実に一歩近づいたことを実感していた。しかし、まだ問題は山積している。これから待ち受ける困難に立ち向かうため、彼女は再び気を引き締めた。


その夜、奈緒美は再び研究室に残り、データの再確認を続けた。彼女の心には、明日の報告がプロジェクトの運命を決定づけるという重圧がのしかかっていた。それでも、彼女は立ち止まることなく、真実を追求し続ける。これが自分に課せられた使命であり、彼女の信念だった。

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