第13話 調査開始

NDSラボの朝は、通常であれば規則正しく、静かに始まる。だが、今日は違った。前田奈緒美が研究室のドアを開けると、彼女を待ち受けていたのは、昨日とはまるで別世界のような光景だった。ラボのメンバーはみな顔を強張らせ、重い沈黙が室内を支配していた。


奈緒美はその緊張感を一身に受け止めながら、佐藤の遺体が運び込まれている隣室へと急いだ。彼女が現場に到着した時、ラボの法務アドバイザーである神谷悠が、冷静さを装いながらもどこか不安げな表情で待っていた。


「奈緒美さん、遺体はすでにここにあります。ですが…どう考えても普通の状況ではありません。」神谷の声は低く、抑揚を抑えたものであった。彼女は短く頷き、医療用手袋をはめながら冷静に状況を整理していた。


「早速、解剖を始めましょう。私たちが求めているのは、科学的な証拠です。」奈緒美はそう言うと、佐藤の冷たくなった身体に向き合い、手順に従って解剖を進めた。


彼女の手は冷静かつ精緻に動き、微細な痕跡を見逃さないように注意深く作業を進めていく。しかし、解剖が進むにつれて、奈緒美の眉間に深い皺が寄り始めた。通常であればすぐに判明するはずの死因が、どれだけ調べても一向に見つからないのだ。外傷もなく、内部器官にも異常が見当たらない。


「何かが…おかしい。」奈緒美は呟き、さらに深く調査を進める。彼女は血液サンプルを取り出し、分析装置にかけた。画面に表示される数値を見つめながら、奈緒美の脳裏にはいくつもの仮説が巡っていた。


しばらくして、血液検査の結果が出た。奈緒美は一瞬、息を呑んだ。その結果には、通常の検査では検出されない微量の化学物質が含まれていたのだ。それは未知の成分ではなく、何か特殊な薬物の痕跡かもしれない。


「これは…一体?」奈緒美は目の前の結果に対して疑問を抱きつつ、さらに分析を進めることを決意する。その間、彼女の頭の中には、「Project Mortem」が何かしらの形でこの死に関与しているのではないかという疑念が徐々に膨らんでいく。


彼女はこの仮説を確かめるため、さらに詳細な検査を行うことを決断した。もしこれが単なる偶然ではなく、プロジェクト自体に根本的な問題があるのだとしたら、それはNDSラボ全体を揺るがす大問題となる。


奈緒美は、自分の内なる直感に従い、次々と分析を進めていく。だが、その過程で感じるのは、冷たい恐怖だった。科学がすべてを明らかにするはずのこの場で、自分の理解を超えた何かが進行しているという感覚に、奈緒美は初めて動揺を覚えた。


ラボの静かな空間に響く分析装置の音が、彼女の不安をさらに掻き立てる。奈緒美は、何としても真実を解き明かさなければならないという使命感に燃えながらも、この不可解な現象の正体を明らかにするために、より一層の集中力を発揮する決意を固めた。


彼女は、ただならぬ緊張感を感じながらも、ラボの他のメンバーが気づかぬよう、慎重に証拠を集め続けた。奈緒美は、佐藤の死が「Project Mortem」に関連している可能性を否定できず、この死が単なる始まりに過ぎないのではないかという不安を抱き始めていた。


奈緒美の思考は次々と仮説を生み出し、彼女をさらなる検証へと駆り立てた。そして彼女は決意した。この謎を解明するためには、プロジェクトの核心に迫らなければならない。そして、その先には、もしかすると彼女自身の信念を揺るがすような事実が待ち受けているかもしれないのだ。

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