第6話 真実の影

夜が更けてもNDSラボのオフィスには明かりが灯っていた。奈緒美はパソコンの画面を凝視しながら、山田さんのメモ帳に記された数式と、三浦誠一が語った「リセット」の手法について考え続けていた。事件の背後に潜む何かが、彼女の頭の中で少しずつ形を成しているように感じた。


「山田さんは、何を恐れていたんだろう……」奈緒美はそう呟き、手元のメモ帳を再び開いた。彼の書き残したメモには、いくつかの暗号めいた言葉や、図表が描かれていたが、その意図を完全に読み解くことはできていない。


その時、オフィスのドアが開き、神谷悠が静かに入ってきた。彼はいつも通り冷静な表情だったが、どこか焦りを感じさせる雰囲気を纏っていた。


「前田、少し話がある。」神谷はそう言って、奈緒美の向かい側に座った。


「どうしたんですか?」奈緒美は顔を上げ、彼の顔を見た。


「実は、企業側から再度連絡があった。彼らは我々の調査に協力する姿勢を見せ始めたが、その裏には何かがある。」神谷の声には、疑念が混じっていた。


「何かがある、というのは……?」奈緒美は怪訝そうに訊ねた。


「企業側は、問題が公にされる前に、内部で処理したいと考えているようだ。彼らは表向きには協力する姿勢を見せているが、裏で隠蔽工作を進めている可能性がある。」神谷は鋭い目で奈緒美を見つめた。


「隠蔽工作……」奈緒美はその言葉に驚きを隠せなかった。「でも、彼らが何を隠そうとしているんでしょうか?」


「おそらく、これまでに同様の誤作動が他にも発生していたのかもしれない。その事実を隠すことで、企業の評判や利益を守ろうとしている可能性がある。」神谷は静かに語った。


「他にも……?」奈緒美はその可能性に戦慄を覚えた。「もしそれが本当なら、我々が調査している以上に被害が広がっているかもしれない……」


「そうだ。だからこそ、企業側の動きを注視し、我々は独自に調査を進める必要がある。」神谷はそう言って、奈緒美の目を真っ直ぐに見つめた。「彼らが隠そうとしている真実を、暴かなければならない。」


「分かりました。私たちは引き続き、山田さんのメモや他の被害者たちの共通点を調べていきます。」奈緒美は決意を新たにした。


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翌朝、奈緒美は高橋剛のデスクを訪れた。彼は信号干渉の発信源を追跡する作業を進めていたが、未だに確たる証拠を掴めていない様子だった。


「どう、何か進展はあった?」奈緒美が尋ねると、高橋は疲れた表情で首を振った。


「信号源を特定するのは難航している。いくつかの候補地を絞り込んだが、これが確実に誤作動を引き起こした場所だとは言い切れない。」高橋は画面を操作しながら言った。


「何か手掛かりが欲しいところですね……」奈緒美は画面に表示された地図を見つめた。そこには都市の各所に設置された無線送信機の場所が示されていた。


「ただ、面白いことに気づいたんだ。」高橋が続けた。「これまでの被害者たちが住んでいた場所の近くに、全てこの送信機が存在している。しかも、それぞれが亡くなる直前に特定の周波数で信号が発信されていた記録が残っている。」


「つまり、その信号がデバイスに影響を与えていた……?」奈緒美の心は再びざわつき始めた。


「その可能性が高い。これが偶然であるとは考えにくい。」高橋はモニターに映し出されたデータを指差した。


「でも、なぜそんな信号が……誰が発信しているんでしょうか?」奈緒美はその意図を理解しようと考え込んだ。


「それを突き止めるために、さらに追跡を進める必要がある。」高橋は真剣な表情で続けた。「そして、その信号が意図的に発信されたものであるならば、我々はその真実を明らかにしなければならない。」


「分かりました。私は引き続き、山田さんのメモと照らし合わせて考えます。何か他に共通点が見つかれば、あなたに報告します。」奈緒美はそう言って、高橋に感謝の意を表した。


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奈緒美はデスクに戻り、再び山田さんのメモ帳を開いた。彼の書き残した言葉が何を意味しているのか、その真意を探るために彼女はさらに集中して読み進めた。


「次のステージへ進む前に、全てをリセットする必要がある。」この言葉が頭の中で反響していた。


彼がリセットを試みた理由は何だったのか? そして、その結果、誤作動が引き起こされたのか? 奈緒美の頭の中で仮説が次々と浮かび上がっては消えていく。


その時、ふとした瞬間に、彼女の中で何かが繋がった。彼が意図的にデバイスをリセットしようとした理由、それは……「何かを止めるためだったのではないか?」


「もしかして……彼は何かに気づいて、その誤作動を止めようとしていた……?」奈緒美は驚きとともにその可能性を考え始めた。


「でも、彼が一体何を止めようとしていたのか……?」奈緒美はその答えを探し求め、メモ帳をさらに読み進めた。


その時、メモ帳の最後のページに、見覚えのあるロゴが記されているのに気づいた。それは、山田さんが頻繁に訪れていた図書館のロゴだった。


「図書館……?」奈緒美はそのロゴを見つめた後、すぐにその場所へ行ってみることを決意した。「もしかしたら、何か重要な手がかりが残されているかもしれない。」


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奈緒美はすぐに図書館に向かった。彼女が到着すると、館内は静まり返っており、ほとんど人がいなかった。彼女は受付のスタッフに声をかけ、山田さんが利用していたエリアについて尋ねた。


「山田さんは、あちらの技術関連のセクションをよく利用されていました。」受付の女性が指差した方向に、奈緒美は歩き出した。


彼女がセクションに到着すると、そこには膨大な量の技術書や雑誌が並んでいた。奈緒美は慎重に棚を見渡し、山田さんが頻繁に手に取っていた書籍を探し始めた。


その中で、ある一冊の本に目が止まった。古びた背表紙には、かすかに「医療技術とその未来」というタイトルが読み取れた。彼女はその本を手に取り、ページをめくり始めた。


本の中には、山田さんが書き込みをした痕跡がいくつか残されていた。彼が注目していたのは、医療デバイスの将来の技術的課題についての章だった。


「これは……」奈緒美はページを慎重にめくり、そこに書かれた言葉に目を留めた。


**「未来の技術が、誤用されたとき、それは人々にとって脅威となる。」**


その言葉は、まさに彼が何かに警鐘を鳴らしていたことを示していた。


「彼はこの技術が誤用されることを恐れていた……そして、それを止めようとしていたんだ。」奈緒美はその結論にたどり着いた。


彼が何を止めようとしていたのか、それはこの技術が意図的に悪用されることを防ぐためだったのだろう。しかし、その過程で彼は何かに巻き込まれ、結果的に命を落とすことになったのかもしれない。


「だとすれば、彼を操っていた人物は、この技術を悪用しようとしていた……?」奈緒美の中で、次々と仮説が生まれ、そして繋がっていった。


「この技術を悪用しようとしていたのは……誰だ?」


その答えを求めて、奈緒美は再びNDSラボに戻ることを決意した。彼女がこの手掛かりを持ち帰り、チームと共有することで、さらに事件の真相に近づくことができるかもしれない。


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NDSラボに戻った奈緒美は、すぐに榊原に報告を始めた。


「山田さんが調べていたのは、医療技術の将来についての課題でした。そして、彼はそれが誤用されることを恐れていたようです。」奈緒美は見つけた手掛かりを共有し、彼の意図について話し始めた。


榊原は奈緒美の話を聞き終えた後、しばらく考え込んだ。「もしその技術が誤用された結果、今回の誤作動が引き起こされたとすれば、我々はその誤用を行った人物を突き止めなければならない。」


「そして、その人物が山田さんを操っていた……?」奈緒美はその可能性に胸をざわつかせた。


「そうかもしれない。だが、これだけではまだ足りない。さらに調査を進める必要がある。」榊原はそう言って、再び奈緒美に指示を与えた。「引き続き、三浦誠一の過去のプロジェクトや、他の被害者たちとの関連性を調べるんだ。」


「分かりました。」奈緒美は強い決意を胸に、次の調査に取り掛かることを誓った。


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その夜、奈緒美は再びデスクに向かい、山田さんが遺したメモを見つめていた。彼が命を賭して守ろうとしたもの、そしてその背後にある陰謀。それらの全貌が明らかになる日は近いかもしれない。


「私がこの真実を突き止める……それが、彼のためにできる唯一のことだから。」


奈緒美の決意は揺るぎないものとなり、次なる調査への熱意が彼女の心を駆り立てた。事件の謎は深まり続けているが、真実に近づくにつれ、奈緒美は自分自身の力を信じて進んでいくことを決意した。

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