第5話 隠された糸

朝の冷たい空気がオフィスに流れ込むとともに、奈緒美は目を覚ました。彼女はソファで仮眠を取っていたが、眠りは浅く、心に渦巻く疑念が再び頭をもたげる。


「次に動くべきは……」


奈緒美は一晩中考え抜いた仮説を思い返し、何がこの連鎖する死を引き起こしているのかを確かめるため、次の行動に移る決意を新たにした。


まず最初に、彼女は山田さんが調べていた「リセット」に関する情報をさらに掘り下げるため、NDSラボのライブラリに向かった。そこには過去数十年にわたる医療技術の進展を記録した膨大な資料が保管されている。だが、奈緒美が目をつけたのは、特定の技術に関する古い論文だった。


「このリセット方法……どこかで読んだことがあるような気がする。」奈緒美は何度も自分にそう問いかけた。


彼女は慎重に古いファイルを開き、そこに記された内容を読み進めていった。論文の中には、医療デバイスにおける信号干渉やリセットの可能性について、詳細に説明されていた。さらに、そこには特定の条件下でデバイスが意図的に誤作動する可能性が示唆されていた。


「これだ……!」奈緒美は目の前にある情報が、彼女の仮説を裏付けるものであることに気づいた。


「この情報を元に、デバイスの誤作動が引き起こされた可能性が高い。でも、山田さんがこれを知っていたとしたら、どうして……?」奈緒美は疑問を抱えつつも、次に進むべき手掛かりを探していた。


その時、ふとした直感が彼女を動かした。「もしかして、この論文を書いた人物が、山田さんに何かを伝えたのかもしれない……」


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奈緒美はその論文を書いた人物を探し出すため、インターネットでリサーチを始めた。論文の著者は、数十年前に医療技術の最前線で活躍していた研究者であり、現在は退職しているが、かつては有名な医療デバイスメーカーで働いていたことが分かった。


「この人物に話を聞く必要がある……」奈緒美はその研究者に連絡を取ることを決意し、即座に行動に移した。


研究者の名前は、**三浦誠一**。彼は現在、地方の小さな町に隠棲していることが分かった。奈緒美はすぐにその町に向かうための準備を始めた。


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数時間後、奈緒美は小さな田舎町にたどり着いた。そこは静かな場所で、まるで時間が止まったかのような雰囲気が漂っている。彼女は指定された住所に向かい、古びた一軒家の前に立った。


「ここに三浦さんが……」奈緒美は少し緊張しながらドアをノックした。


しばらくすると、年配の男性がドアを開け、奈緒美を出迎えた。彼が三浦誠一だった。彼は静かな目で奈緒美を見つめ、彼女の訪問を意外そうに受け止めた。


「あなたが、三浦誠一さんですか?」奈緒美は丁寧に頭を下げた。


「はい、そうです。あなたは?」三浦の声には、どこか疲れがにじんでいた。


「NDSラボの前田奈緒美と申します。あなたの論文についてお話を伺いたいのですが……」奈緒美は名刺を差し出し、今回の訪問の目的を説明した。


三浦は奈緒美の名刺を受け取り、しばらく考え込んだ後、彼女を家の中に招き入れた。「わざわざここまで来るなんて、よほどのことですね。さあ、どうぞお入りください。」


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室内は整理整頓されており、壁には古い写真や賞状が飾られていた。奈緒美は三浦の誘導で、居間のソファに座り、話を始めることにした。


「実は、あなたが執筆された論文に関してお伺いしたいことがあります。それが、最近起きた一連の事件に関係しているのではないかと考えているんです。」奈緒美は切り出した。


「事件?」三浦は眉をひそめた。「一体どんな事件ですか?」


奈緒美はこれまでの経緯を簡潔に説明した。高齢者が相次いで心臓発作で亡くなり、その原因が医療デバイスの誤作動によるものだと考えられること。さらに、その誤作動が外部からの信号干渉によって引き起こされた可能性があることを語った。


三浦はその話を黙って聞いていたが、やがて深いため息をついた。「それは……まさか、本当にそんなことが起きているとは。」


「あなたの論文には、デバイスが外部の信号に干渉される危険性について記載されています。そして、山田さんという被害者が、そのリセット方法について調べていたことが分かっています。」奈緒美は一息ついて、三浦の反応を待った。


三浦はしばらくの間、何かを思案している様子だったが、やがて静かに話し始めた。「確かに、あの論文ではその危険性について警告していました。当時は、その可能性が理論上だけのものであると考えていましたが、どうやらそれが現実になったようですね。」


「でも、山田さんがリセットを試みた理由が分かりません。彼はなぜそんなことをしたのでしょうか?」奈緒美は核心に迫る質問を投げかけた。


三浦は少し躊躇した後、言葉を選びながら話を続けた。「おそらく……彼は誰かにその方法を教えられたのではないでしょうか。そして、その誰かが彼を操り、意図的に誤作動を引き起こそうとしたのかもしれません。」


「誰かに操られた……」奈緒美はその言葉に引っかかった。「それは、企業の関係者ということですか?」


「可能性はあります。しかし、私が言えるのはここまでです。あなたに伝えられることはもうほとんどありません。」三浦はそれ以上話すことを拒むように、話題を切り替えた。


奈緒美は三浦の態度に違和感を覚えたが、これ以上強く問い詰めることはできなかった。「分かりました。貴重なお話をありがとうございました。」


奈緒美は礼を述べ、三浦の家を後にしたが、その胸の中には新たな疑念が残っていた。


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NDSラボに戻る途中、奈緒美は三浦との会話を何度も反芻していた。彼が言いたくなさそうにしていたこと、そしてその背後にある可能性について考え込んでいた。


「彼が何かを隠しているのは間違いない……でも、どうして?」奈緒美は再び頭の中で点と点を繋ぎ合わせようとした。


「山田さんが操られた可能性があるなら、それは企業側が関与しているということかもしれない。でも、それだけでこの事件の全貌を説明できるのか……?」


奈緒美は考え続けたが、答えはまだ見つかっていなかった。彼女の直感は、まだ見えない手が事件の背後に潜んでいることを示していた。


「もっと調べる必要がある……誰が、何のためにこんなことを……」


奈緒美は自分の心に芽生えた新たな使命感を胸に、次の行動に移る決意を固めた。彼女はNDSラボのメンバーに新たな情報を共有し、さらに調査を進めることを誓った。


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NDSラボに戻った奈緒美は、すぐに神谷に連絡を取った。彼はすでに彼女の帰りを待っていたようで、すぐに応答があった。


「どうだった、三浦誠一から何か手がかりは得られたか?」神谷の声は冷静だったが、その裏には期待が込められていた。


「はい、彼は何かを隠しているようでした。でも、彼が話してくれたことから、山田さんが誰かに操られていた可能性が高いと感じました。」奈緒美はそう報告した。


「なるほど……それが企業側の関与によるものだとすれば、ますます我々の手掛かりが重要になってくるな。」神谷はそう言いながら、次の手を考えているようだった。


「さらに深く掘り下げる必要があります。三浦さんが関わった過去のプロジェクトや、企業との繋がりを調べ直しましょう。」奈緒美は強い決意を込めて言った。


「分かった。僕もそちらの調査に協力する。次の一手を考えよう。」神谷の声は力強く、彼の決意が感じられた。


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その夜、奈緒美はオフィスの静けさの中で、もう一度山田さんのメモ帳を開いた。彼が遺した数々のメモは、依然として解けない謎に満ちていた。


「山田さん、あなたは一体何を見つけたんですか……?」奈緒美は静かにそう問いかけた。


彼女は、事件の真相に一歩近づいたが、まだ全貌が見えない。その謎を解き明かすため、奈緒美は更なる調査を続ける決意を新たにした。

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