第3話 潜む影

「これで五人目……。」奈緒美は、手元の報告書を眺めながら深い息をついた。高齢者たちが相次いで心臓発作で亡くなるという事件が、次第に現実味を帯びてきている。榊原の指示で、NDSラボは徹底的にデバイスを調査しているが、企業側からの対応は未だに鈍い。


「何か見つかった?」奈緒美が中谷彩に声をかけると、彼女は複雑な表情で首を横に振った。


「破られたページがペースメーカーの技術に関するものだということは分かったけど、それ以上の手がかりは今のところないわ。」


「じゃあ、山田さんがそのページを破り取った理由もまだ謎のまま……」奈緒美は思案顔で本を見つめた。


「ただ、山田さんが他の被害者と違う点があるとすれば、それは彼が医療や技術に関心を持っていたこと。もしかすると、彼は何かに気づいたのかもしれない……。それが、今回の事件にどう関わっているのかは、まだ分からないけど。」


中谷の言葉に奈緒美は頷いた。「確かに、普通の高齢者がこれほど専門的な知識を持っているのは珍しい。彼が何か重要な情報を掴んでいた可能性はある。」


奈緒美は何かを思い出したかのように、立ち上がった。「彼が最後に訪れた場所について、もっと調べる必要がありますね。」


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奈緒美は福祉センターを再び訪れることを決めた。今度は、山田さんが利用していた他のサービスや彼の行動について、より詳しく知るためだった。彼女はセンターのスタッフに再度話を聞き、山田さんがセンター以外でどのように過ごしていたのかを探ろうとした。


「山田さんは、他にどこか頻繁に訪れていた場所はありませんか?」奈緒美が尋ねると、スタッフは少し考え込んだ後、ゆっくりと答えた。


「そういえば、彼はよく図書館に行っていたと言っていました。特に、技術系の雑誌や本を好んで読んでいたようです。」


「図書館……?」奈緒美の心に一筋の光が差し込んだ。「それはどこの図書館ですか?」


「近くにある市立図書館です。彼は特に科学や技術に関する書籍が充実しているセクションをよく利用していました。」


奈緒美は急いでその図書館に向かうことにした。彼女の中で、山田さんが持っていたかもしれない「重要な情報」という可能性が、ますます現実味を帯びてきた。


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図書館に到着した奈緒美は、すぐに館内を見渡し、スタッフに声をかけた。「山田さんという方がここを頻繁に利用していたと聞きました。彼がどのような本を読んでいたのか、記録が残っているでしょうか?」


館内のスタッフは少し驚いた様子だったが、奈緒美の名刺を受け取ると、事情を察して記録を調べ始めた。しばらくして、彼女は一冊のノートを手に戻ってきた。


「こちらが山田さんが利用していた書籍のリストです。彼は特に、医療技術に関する雑誌や書籍を多く借りていました。」


奈緒美はリストをざっと見渡した。「最近借りていた本はありますか?」


「はい、こちらです。」スタッフはページをめくり、最近山田さんが借りていた本を指し示した。それは、最新の医療技術に関する専門書だった。


「これですか……」奈緒美はその本のタイトルを確認し、メモを取った。彼が読んでいた内容が、今回の事件に繋がっているのではないか――そんな考えが頭をよぎった。


「この本、今も図書館にありますか?」奈緒美は尋ねた。


「残念ながら、先日返却されましたが、既に他の利用者が借りて行かれました。」スタッフは申し訳なさそうに言った。


「そうですか……他に何か手がかりになるものはありませんか?」奈緒美は焦りを感じ始めた。ここでの情報が重要である可能性が高いと感じていたからだ。


「特には……あ、でも、山田さんはいつもメモを取りながら読書をしていました。そのメモ帳を忘れて行ったことがありまして、しばらく保管していたんですけど……」


「それはどこにありますか?」奈緒美の目が輝いた。


「こちらにあります。山田さんのものだと思います。」スタッフは小さなノートを取り出して奈緒美に手渡した。


奈緒美はノートを受け取り、その中身を確認した。山田さんが丁寧に書き込んでいたメモの数々がそこに残されていた。その内容は、彼が技術的な知識をかなり持っていたことを示していた。


「このメモ……どこかで見たような内容が……」奈緒美はページをめくりながら呟いた。メモの中には、彼が特定の医療機器について調べていた痕跡が残されていた。


「ペースメーカーの技術に関する考察……これって、あの破られたページと関係があるんじゃないかしら?」奈緒美はページをめくりながら、一つの疑念が頭をよぎった。


「彼が何かに気づいて、だからこそ……?」奈緒美はさらにページを進め、最後のページにたどり着いた。そのページには、奇妙な数式が書かれていた。


「この数式……どこかで見たことがある気がする。」彼女はメモ帳を閉じ、図書館を後にした。彼女の中で、事件の全貌が徐々に見え始めていた。


---


NDSラボに戻った奈緒美は、メモ帳を榊原に見せた。榊原はページを一通り確認し、最後のページに書かれた数式を見つめた。


「この数式、見覚えがある。これは、医療機器に使われる信号干渉の公式だ。」榊原は思案顔で言った。「これが破られたページと関係しているとすれば、何か重要な手がかりが隠されている可能性が高い。」


「山田さんは、何か危険な情報を掴んでいたんでしょうか?」奈緒美は興奮を隠せなかった。


「その可能性は高い。山田さんが気づいた情報が、今回の事件にどう関わっているのか……」榊原は一瞬黙った後、続けた。「この数式を元に、再度デバイスの解析を進めよう。さらに、他の被害者たちの共通点も調べる必要がある。」


「分かりました。すぐに手配します。」奈緒美は榊原の指示を受けて、再びチームに連絡を取り始めた。


---


その夜、奈緒美は疲れた体を休めるため、オフィスのソファに腰を下ろした。メモ帳を握りしめながら、彼女は事件の全貌を頭の中で整理していた。


「山田さんは、一体何を見つけたんだろう……?」奈緒美の心はまだ不安でいっぱいだったが、同時に彼女の中に芽生えた使命感がその不安を打ち消していた。


その時、彼女のスマートフォンが鳴り、着信を知らせた。画面に表示された名前を見て、奈緒美は驚いた。


「榊原先生……? こんな時間に……」


彼女は電話に出ると、榊原の声が響いた。


「前田、すぐに来てくれ。新たな情報が入った。重要なことが分かったんだ。」


奈緒美の心臓が高鳴る。事件の真相に一歩近づいたのかもしれない――彼女は急いでデスクに戻り、榊原のオフィスに向かった。


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榊原のオフィスに入ると、彼はすでに待ち構えていた。デスクの上には、彼が新たに解析したデータが広げられていた。


「これを見てくれ、前田。」榊原は画面を指差した。「先ほどの数式とデバイスのログを照合した結果、山田さんが気づいた信号干渉が、デバイスの誤作動を引き起こす直接的な原因であることが判明した。」


「じゃあ、やっぱり……」奈緒美は唖然とした。


「彼はおそらく、自分が何か重要な情報を持っていることに気づいていた。それが何らかの理由で命を狙われた原因になったのかもしれない。」榊原は声を低めた。


「山田さんが気づいた真実が、他の被害者たちにも関わっている……?」奈緒美は呟いた。


「その可能性がある。今すぐに企業側に連絡し、デバイスの使用停止を強く要求する。また、他の被害者たちについても再調査が必要だ。」


榊原の言葉に、奈緒美は力強く頷いた。「分かりました。すぐに手配します。」


彼女は立ち上がり、オフィスを出る前に一度振り返った。榊原の表情には、何か言葉にできない思いが込められているようだった。


「気をつけて、前田。これ以上、犠牲者を増やしてはならない。」


その言葉が、奈緒美の胸に深く刻まれた。彼女はその夜、NDSラボの使命感とともに、次の行動へと踏み出した。

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