第5話 花嫁修業履修済み

「親はなんて言ってるのさ!?」

「ここにいるよ?」

「え?」


 後ろからひょっこり由芽ゆめちゃんのお母さんが現れた!

 困った顔を浮かべながら、俺にぺこりと頭を下げている。


 由芽ゆめちゃんのお母さんはとても雰囲気がふわふわしている。

 髪も腰まで長くてふわふわしている。

 顔つきは由芽ゆめちゃんにそっくりだ。


「すみません、これは心ばかりですが」

「あっ、ご丁寧にありがとうございます」


 お母さんが四角い箱の菓子を俺に渡してきた。


 って、違う違う! 受け取ってどうする!


「じゃなくて、お母さんはいいんですか!?」

「まぁ、いきなりお義母さんだなんて!」

「あぁあああ! もうどこからツッコんでいいやら!」

「というのは冗談でして」

「今、この状況で冗談は通じないですって!」

「じゃあ鈴木さん、真面目な話をしてもよろしいでしょうか?」

「もちろんです!」


 由芽ちゃんのお母さんにやや振り回されながらも、俺は二人を家に案内することにした。


 手前側の和室に案内すると、由芽ゆめちゃんは真っ先に仏壇に行ってじいちゃんに線香をあげてくれた。


 悲しそうな表情でものすごく真剣に手を合せてくれている。


「この度は本当にありがとうございます。お怪我の具合はいかがですか?」


 お線香をあげ終えたお母さんが、畳に手を合せて再び俺に頭を下げてきた。


「痛みはほとんどないので大丈夫です。包帯が取れていないので少し動かしづらいですが」

「……」

「あ、あの! 本当に大丈夫ですので頭を上げてください!」


 俺がそう言うと、ようやくお母さんが頭を戻してくれた。


「で、由芽ゆめさんが一緒に住むって言っているお話なんですが!」


 由芽ゆめちゃんとじいちゃんの話など、気になることは沢山たくさんあるが、今はこっちの話の方が先決だ。


 とりあえずこの事態をなんとかしないと!


「そうなんです。この子ったら、ずっと鈴木さんのお嫁さんになるって言ってたんですよ」

「それは本人から直接聞きました!」

「あの……鈴木さんさえ迷惑でなければ由芽ゆめをこちらに置いていただけないでしょうか?」

「はい!?」


 思いがけない言葉が飛んできた。


「お試しでいいんです。この子に現実を見てもらうためにも、短期間でもいいので一緒に住んでもらえないでしょうか」

「どういうことですか?」

「親がいなければ、きっと大変なことも色々分かると思うんです! そうすれば、この子ももっと大人になれるかなと……」


 ……正直、ちょっとズレているお母さんだなぁと思ってしまった。


 昔、一緒に遊んでいたとはいえ、大切な娘を再会したばかりの男に預けるのはいかがなものなのだろうか。


「そんなこと言われても、俺、責任が取れません。それに俺は成人してますが、由芽ゆめさんはまだ未成年です」


 だから、今の自分の立場をしっかり言うことにした。

 それがこの人たちに対する誠意だと思う。


「そうですよね、いきなりそう言われても困っちゃいますよね」

「正直……」

「なら! せめて鈴木さんの怪我が完治するまででも由芽ゆめと一緒に暮らしていただけないでしょうか! その状態だと、お引越しも大変だと思うので」


 納得したように見せかけて全然引いていない!

 さっきまでふわふわしていたお母さんの態度が毅然としたものに変わった。

 

「で、でも!」

「幸い家は近いので、失礼がある場合は追い返していただいても結構です。そのほうが由芽ゆめの今後のためにもなります」

由芽ゆめさんの今後?」

「ずっと脈がない人を思い続けているのはこの子にとっても酷だと思います。もし由芽ゆめのことをお気に召さないときは引導を渡してあげてください」

「引導!?」


 お母さんからかなり強めの言葉が出た。


由芽ゆめはずっと鈴木さんの言葉を信じていたんですよ」

「……」


 その言葉でいつか言われたじいちゃんの言葉を思い出してしまった。


 そっか……。

 

 これは、幼い頃のこととはいえ俺が発した言葉が原因になっているんだ。


 それにこれは一年やそこらの話じゃない。

 由芽ゆめちゃんにとっては十年近く……十五歳の由芽ゆめちゃんにとっては人生のほとんどをかけた提案でもあるのだ。


 今頃になって約束を忘れていたことへの罪悪感が大量に押し寄せてきた。


「そんなこと言われても、本当にどうなるか約束できませんよ……。正直、由芽ゆめさんの気持ちに答えられるかどうかも……」


 再度、確認するようにお母さんに問いかけた。


「それが由芽ゆめの今後のためだと思うので。不躾なお願いで本当に申し訳ございません」


 ……無下にできなくなってしまった。

 積み重なったこの人たちの思いを聞いてしまったら、どうしても無視できなくなってしまった。


「……分かりました。自分の言葉には責任を持ちます」


 約束を忘れていた申し訳なさ、自分の言葉への責任感、そしてさっきまで感じていた寂しさ。


 色んなものがごちゃ混ぜになり、俺はそう言ってしまっていた。


「ありがとうございます!」

「で、でも! 未成年と住むのは問題になりそうなのでそこのところは本当に宜しくお願いしますね!」

「分かってます。本人了承済みということで」


 お母さんが優しく俺に微笑んだ。

 若干やり込められた感じもするけど仕方ないよね……。

 

「で、そこでずっと黙っている由芽ゆめちゃんですが!」

「はいっ!」


 由芽ゆめちゃんが元気よく俺に返事をした。


由芽ゆめちゃんはこの状況を不思議に思わないの!?」

「不思議って?」

「男の人の家に住むの怖くないの!?」

「だって想太そうたさんの家だし」


 ん? 今、違和感が。


「いやいや! もしかしたら俺に襲われちゃうかもしれないんだよ! それでいいの!?」

「私、襲われちゃうの!?」

「なんで嬉しそうなんだよ!」


 ダメだこりゃ、全然話が通じていない。

 あえてお母さんの前でそう言ったのに。


「それに、さっきも言ったけど由芽ゆめちゃんの気持ちに答えられるかは分からないよ」

「あっ、そう言うと思ったー」

「なぬっ」

「なので私は、“とりあえずお兄ちゃんの怪我が治るまではいさせて”っていうつもりでした!」

「お母さんと同じこと言ってるよ! どこのシミュレーションしてんだよ!」


 話が堂々巡りになってきた!

 明るいなぁこの子! なんか笑いが先に来ちゃうよ。


「やったね由芽ゆめ!」

「うんっ! ありがとお母さん!」


 お母さんと由芽ゆめちゃんがハイタッチしている。


 ど、どういうこと……? まるで友達同士みたいなやりとりをしている。


「鈴木さん、由芽ゆめのこと宜しくお願いします。必要なものがあったら、なんでも言ってくださいね」


 えぇええ……? 今どきの家族ってこんなものなのだろうか。

 全体的に軽いというかなんというか。


「と、とりあえずこれからうちの荷物がきますので……」

「うん、手伝うね!」

「あ、ありがとう……」


 まさか初日からこんなに賑やかになるとは。

 人生、なにが起きるのかさっぱり分からん。


「もしかして外が綺麗だったのって由芽ゆめちゃんのおかげ?」

「あっ、気がついた? 外は想太そうたさんが来る前に綺麗にしておいたの。うちの近所だし」

「あ、ありがとう……行動力すごいね……」


 押しかけに見えて下準備はばっちりでした。

 

「花嫁修業はばっちり履修済みなので安心してね!」

「なんの安心!?」

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