第4話 押しかけ近所の女の子
父親は海外赴任中、母親は足が悪いので、無理にお見舞いに来てもらうことはしなかった。
今、俺たちは病院の待合室で帰りのタクシーを待っているところだ。
「お兄ちゃん! 荷物は私が持つからね」
今日も
段々、怖くなったきたぞ……。
新手の詐欺とかじゃないだろうな! もしくは
「今、失礼なこと考えてない?」
「ぎくりっ」
一瞬そんなことを思ってしまったが、万が一でもこの子がそんなことするはずないか……。
入院期間中、
今までずっと料理・家事・裁縫などを頑張ってきた話。
交わした約束を守るために、それまで俺に会いにいくのを我慢していた話。
そして生前のじいちゃんの話。
じいちゃんには、俺の近況は時々聞きにきていたらしい。
じいちゃんめ! 俺には全然そんなこと言ってなかったぞ。
「俺、結婚するとは言ってないよね? 考えるとは言ったような気がするけど」
「うん! でも、検討はしてくれるんだよね?」
「うーん……?」
「だから私、お兄ちゃんと一緒に住むから!」
「なんでそうなるの!?」
自分の言葉に一切の疑いを持っていない。
「親は!? 親はどうするのさ!?」
「全力で説得する」
「そんなの許す親はいないと思うけどなぁ」
「むぅ」
ぷくぅと
思ったことがすぐに顔に出ちゃってる。
そういうところは昔と変わってないんだよなぁ。
いや、言っていることも全然変わってないんだけどさ!
「そんなことはどうでもいいの! 私はお兄ちゃんがどう思っているか知りたい!」
「俺がどう思っているか?」
「私が一緒に住んでいいかどうか!」
「うーむ……」
正直、よく分からない。
じいちゃんちといえど、知り合いがほとんどいない土地に住むのは不安だ。そこに
「そんなこと言われてもよく分かんないよ。俺、昔の
「じゃあ、ここは今のお互いを知ってもらうためにってことで」
「ド前向き」
どうやったらこんなに純粋に育つのか不思議で仕方がない。
「あっ、それともお兄ちゃん……」
「ん?」
「もしかして彼女いるの……?」
さっきまでとは違い、怯えた子犬みたいになってしまっている。
「いないけど……」
「そ、そうなんだぁ!」
「そういう
「いるわけないじゃん! ふざけないで!」
「そ、そっか……」
今度は少しムッとしている。
表情がコロコロコロコロと変わる。
なんとなく昔話のおむすびころりんを思い出してしまった。
表情おむすびころりんと名づけよう。
「お兄ちゃんはこれから東京に帰るんでしょう?」
「そうだね、色々準備して五月の連休にはこっちに引っ越そうと思ってる」
今回は下見に来たはずだったのだが、入院に時間を取られたのは予想外すぎた。
もう下見を諦めて引っ越しの準備をしてしまおう。
「じゃあ、お兄ちゃん! 私に携帯の番号を教えて!」
「いいよ」
「毎日、連絡するからね!」
「ガチで言ってる?」
「だから全部ガチだって!」
ガチだガチだと言うけれど、
まさか本気で一緒に住もうとは思ってないよね?
◇
二週間後
五月一日。
東京のアパートを引き去り、じいちゃんちにやってきた。
何年かぶりに来るじいちゃんちは思ったよりも綺麗だ。
特に庭と玄関の外は、しばらく空いていると思えないほどぴかぴかになっている。
ま、まさかな……。
一応、今日のことは携帯で
「あはは、当たり前だけど全然変わってないや」
親から預かっていた鍵で家に入ると、木の匂いとともに記憶のままの光景が目の前に広がった。
「うわっ、換気しないと」
家中埃だらけ。これはかなり気合を入れて掃除しないといけないな。
じいちゃんちはいかにも昭和レトロな平屋だ。
玄関を入ってすぐ左手側には和室八帖の部屋が二部屋。
その隣には日当たりの良い縁側がある。
奥側の和室の北側には、寝室で使うであろう洋室が一部屋。
玄関正面をそのまま歩くと八帖程度のキッチンがある。
どこからどう考えても俺一人で住むには広すぎる。
「じいちゃん、ばあちゃん、戻ってきたよ」
手前側の和室にある仏壇の仏具をちーんと鳴らした。
「親父は仕事で忙しいみたいだから俺が頑張るからね」
仏壇も埃だらけ。こりゃ真っ先に仏壇の掃除をしないといけないな。
(がははは、
仏壇の隣には、昔、俺が傷つけてしまった柱がそのまま残っている。
前はここに元気なじいちゃんがいたんだよなぁ――。
「……」
じいちゃんの死、借金の相続、大学の休学、そして住み慣れない土地へ引っ越し、ついでに事故る。
ちょっと色々ありすぎた……。
自分の心が、なんとも言えない寂しさと無力感に染まっていくのが分かる。
いけない、いけない! こんな気持ちになっていたらじいちゃんに笑われちゃうよ。
「おにーちゃーん! きたよー!」
一人、しんみりとしていたら玄関から女の子の声が聞こえてきた。
「ほ、本当に来た!?」
急いで玄関に行くと、大きなキャリケースを持った
「ほ、本気で一緒に住むつもりでいるの!?」
「だからこの前からそう言ってるじゃん」
近所の女の子が本当に押しかけてきてしまった!
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