第4話 押しかけ近所の女の子

 由芽ゆめちゃんの衝撃発言から三日が経ち、無事に退院の日がやってきた。


 父親は海外赴任中、母親は足が悪いので、無理にお見舞いに来てもらうことはしなかった。


 今、俺たちは病院の待合室で帰りのタクシーを待っているところだ。


「お兄ちゃん! 荷物は私が持つからね」


 今日由芽ゆめちゃんが普通に俺の隣にいる……。


 段々、怖くなったきたぞ……。

 新手の詐欺とかじゃないだろうな! もしくは美人局つつもたせか!?


「今、失礼なこと考えてない?」

「ぎくりっ」


 一瞬そんなことを思ってしまったが、万が一でもこの子がそんなことするはずないか……。


 入院期間中、由芽ゆめちゃんとは沢山話をすることができた。

 今までずっと料理・家事・裁縫などを頑張ってきた話。

 交わした約束を守るために、それまで俺に会いにいくのを我慢していた話。


 そして生前のじいちゃんの話。

 じいちゃんには、俺の近況は時々聞きにきていたらしい。

 じいちゃんめ! 俺には全然そんなこと言ってなかったぞ。


「俺、結婚するとは言ってないよね? 考えるとは言ったような気がするけど」

「うん! でも、検討はしてくれるんだよね?」

「うーん……?」

「だから私、お兄ちゃんと一緒に住むから!」

「なんでそうなるの!?」


 由芽ゆめちゃんが笑顔でそんなことを言ってくる。

 自分の言葉に一切の疑いを持っていない。


「親は!? 親はどうするのさ!?」

「全力で説得する」

「そんなの許す親はいないと思うけどなぁ」

「むぅ」


 ぷくぅと由芽ゆめちゃんの頬が膨らんだ。

 

 思ったことがすぐに顔に出ちゃってる。

 そういうところは昔と変わってないんだよなぁ。

 いや、言っていることも全然変わってないんだけどさ!


「そんなことはどうでもいいの! 私はお兄ちゃんがどう思っているか知りたい!」

「俺がどう思っているか?」

「私が一緒に住んでいいかどうか!」


 由芽ゆめちゃんの全力ストレートが俺のどてっぱらに炸裂した。


「うーむ……」


 正直、よく分からない。


 じいちゃんちといえど、知り合いがほとんどいない土地に住むのは不安だ。そこに由芽ゆめちゃんがいれば、寂しくはなくなるんだろうけど……。


「そんなこと言われてもよく分かんないよ。俺、昔の由芽ゆめちゃんしか知らないわけだし」

「じゃあ、ここは今のお互いを知ってもらうためにってことで」

「ド前向き」


 由芽ゆめちゃんの目が満天の星空みたいに輝いている。

 どうやったらこんなに純粋に育つのか不思議で仕方がない。


「あっ、それともお兄ちゃん……」

「ん?」

「もしかして彼女いるの……?」


 由芽ゆめちゃんがおずおずとそんなことを聞いてきた。

 さっきまでとは違い、怯えた子犬みたいになってしまっている。


「いないけど……」

「そ、そうなんだぁ!」


 由芽ゆめちゃんの表情がパァっと向日葵が咲いたみたいな笑顔になった。


「そういう由芽ゆめちゃんは、学校で良いなぁって思う人はいなかったの?」

「いるわけないじゃん! ふざけないで!」

「そ、そっか……」


 今度は少しムッとしている。


 表情がコロコロコロコロと変わる。

 なんとなく昔話のおむすびころりんを思い出してしまった。

 表情おむすびころりんと名づけよう。


「お兄ちゃんはこれから東京に帰るんでしょう?」

「そうだね、色々準備して五月の連休にはこっちに引っ越そうと思ってる」


 今回は下見に来たはずだったのだが、入院に時間を取られたのは予想外すぎた。

 もう下見を諦めて引っ越しの準備をしてしまおう。


「じゃあ、お兄ちゃん! 私に携帯の番号を教えて!」

「いいよ」

「毎日、連絡するからね!」

「ガチで言ってる?」

「だから全部ガチだって!」


 ガチだガチだと言うけれど、由芽ゆめちゃんはどこまで本気なのだろうか。

 まさか本気で一緒に住もうとは思ってないよね?







二週間後



 五月一日。


 東京のアパートを引き去り、じいちゃんちにやってきた。


 何年かぶりに来るじいちゃんちは思ったよりも綺麗だ。

 特に庭と玄関の外は、しばらく空いていると思えないほどぴかぴかになっている。


 ま、まさかな……。


 一応、今日のことは携帯で由芽ゆめちゃんには伝えてあるけど、どうするつもりなのかは本当に分からない。


「あはは、当たり前だけど全然変わってないや」


 親から預かっていた鍵で家に入ると、木の匂いとともに記憶のままの光景が目の前に広がった。

 

「うわっ、換気しないと」


 家中埃だらけ。これはかなり気合を入れて掃除しないといけないな。


 じいちゃんちはいかにも昭和レトロな平屋だ。


 玄関を入ってすぐ左手側には和室八帖の部屋が二部屋。

 その隣には日当たりの良い縁側がある。

 奥側の和室の北側には、寝室で使うであろう洋室が一部屋。

 玄関正面をそのまま歩くと八帖程度のキッチンがある。


 どこからどう考えても俺一人で住むには広すぎる。


「じいちゃん、ばあちゃん、戻ってきたよ」


 手前側の和室にある仏壇の仏具をちーんと鳴らした。


「親父は仕事で忙しいみたいだから俺が頑張るからね」


 仏壇も埃だらけ。こりゃ真っ先に仏壇の掃除をしないといけないな。



(がははは、想太そうたは本当におっちょこちょいだな!)



 仏壇の隣には、昔、俺が傷つけてしまった柱がそのまま残っている。


 前はここに元気なじいちゃんがいたんだよなぁ――。


「……」


 じいちゃんの死、借金の相続、大学の休学、そして住み慣れない土地へ引っ越し、ついでに事故る。


 ちょっと色々ありすぎた……。


 自分の心が、なんとも言えない寂しさと無力感に染まっていくのが分かる。


 いけない、いけない! こんな気持ちになっていたらじいちゃんに笑われちゃうよ。


「おにーちゃーん! きたよー!」


 一人、しんみりとしていたら玄関から女の子の声が聞こえてきた。


「ほ、本当に来た!?」


 急いで玄関に行くと、大きなキャリケースを持った由芽ゆめちゃんが立っていた。白くてひらひらしたとても可愛い服を着ている。


「ほ、本気で一緒に住むつもりでいるの!?」

「だからこの前からそう言ってるじゃん」


 近所の女の子が本当に押しかけてきてしまった!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る