第40話 王都へ02


宿に戻ると、ジェハールはすぐさまベッドに雪崩込んだ。あー、と言いながらごろんと寝返りを打って疲れたと口に零す。


「​───お疲れ様、ジェハ。ごめんね付き合わせて」

「いや、俺も少し見たかったし。一応お嬢さんの従者でもあるし?」


設定上の役割を、何だかんだとジェハールはこなしてくれていた。敬語は面倒くさくなったのがとっくに取れてしまったが、常に付き添って守ってくれようとしてくれるのが解る。


「そのことだけど、もうその設定終わりにしていいんじゃない?船に乗るために身分を装っただけだし」


元々マトモな商会に渡りをつける為にでっちあげたものだ。アルキパテスの王都まではシャムス商会にお世話になるとして、それ以降は従者ムーブが必要なくなる。そう言うと、ジェハールは寝転んでいた半身を起こして気だるげに口を開いた。


「……今のままでもいんじゃね?やることかわんねぇし」

「どうゆうこと?」

「だって俺、アンタに旅費とか全部出してもらってんだぜ。本もそうだし、この服だってそうだ。大体こうして学院を目指してんのも、アンタのツテの恩恵受けられるかもしれねえからだし。それだってそもそも誘ったの俺だし。​───俺はアンタに返せるものがねぇから、それくらいする」


たしかに、私がこの旅の金銭面を全てカバーしてるのは事実だ。それ以外のことも、考えてみれば私ありきの旅。対等な関係でいたいとは思うけど、そう言われると思うところは多少ある。


「でも従者って、なんか……上下関係みたいで嫌じゃない?」

「アンタに忠誠誓うわけじゃねえし、飯とか本の対価にそうするってだけだから別にいい」

「でもお金とかは仕方ないと思ってるし、そんなに気にしなくても良いっていうか」

「アンタのほうが年下なのに、当たり前のように金出させて何もしねえのもアレだろ」


なんか情けねぇし。と、ジェハールは額に手を当てながら溜息を吐いた。しかし意外だ。彼がそういうのを気にする人間だったとは。けどまあわかる。私がジェハールの立場だったら金銭面で全負担させていることに罪悪感は抱くだろう。


「とにかく、俺がこのままでいいっつーんだからいいだろ」

「……うーん。じゃあ、よろしくお願いします」


誰かに仕えてもらえる程大した人間ではないが、衣食の保障の対価として旅中の従者をお願いすることにした。頭を下げると、ジェハールは頷きを返す。


「ああ。けど、引き続き自衛はしろよな。つーか魔法の勉強も、アンタせっかく魔力多いんだから昨日使った魔法みてーなすげぇのバンバン使えるようになれよ」

「う゛……がんばる」


魔法使いとしての技量はまだまだお互い様だが、ジェハールと私では勉学への熱意が天と地ほど差がある。頑張っている彼にこう言われては、もっと気合を入れるしかない。


ただ守ってもらうだけではダメだ。昨日の船での出来事ような不測の事態が起きても、魔法でスマートに対応出来るようにならなくては。


​───翌日。朝早くから起きて、召喚したルクリエディルタとジェハールと共にシャムス商会の会館向かう。昨日も訪れたが立派な建物である。赤土色の煉瓦造りの館は、周囲の店や住居と比べるとかなり高さがある。


入口の前にはすでに隊商が荷を積み込んでいた。商品を載せた荷車と、それに繋がれた大きな馬が四頭。この気候だからてっきりラクダか何かが荷車を引くのかと思っていたのだが、この辺りにも馬は生息しているらしい。しかしこれだけの毛並みの馬を所有しているのは、シャムス商会ならではなのだろう。


「おはようございます。船長さん、タビアさん」

「メルどの。おはようございます」

「おはようございますメル様」


この数日ですっかり慣れ親しんだ二人の姿を見つけ、駆け寄って挨拶を交わす。こうして立って並んでいるのを見ると、兄妹の体格差がよく分かる。イルハムは背が高く屈強な海の男といった風だが、タビアは華奢ですらっとした小柄な美人さんである。タビアは昨日十九歳だと言っていたが、イルハムとは何歳差なのだろうか。


「メル様、昨晩はゆっくりお休みになれましたか」

「はい。昨日はありがとうございました。色々と案内して下さって」

「とんでもありません。私も楽しく過ごさせてもらいました」


そう言ってタビアはにこりと笑い、私の背後に控えて立つルクリエディルタに目を向ける。昨日は不在だった彼の存在にイルハムも気づいたのか揃って軽く会釈をしていた。


「この馬車で王都まで向かいます。私とタビアは隊商には同行しませんが、叔父がいますのでご安心を」


イルハムが荷馬車に指示を出していた壮年の男性に視線をやる。彼が昨日タビアの言っていた隊商の長だろう。彼はこちらの視線に気づくと、ゆっくりと歩いてきてイルハムの隣に立った。そして、深々と頭を下げる。


「イスハークでございます。どうぞよしなに」

「初めまして、メル・ベガルタです。こちらはルーク、そしてジェハールです」


名乗られて、こちらも自己紹介をする。


イスハークと名乗った彼は、どこか商会長のファリーフに似た雰囲気の男性だった。恰幅の良さはファリーフが圧倒的に勝っているが、血の繋がりを感じる。シャムス商会ってもしかして一族で経営しているんだろうか。


「先日は魔物から商船をお守り頂き、我が甥と姪、それに船員たちの命をお救い下さったとか……感謝の念に堪えません。本当にありがとうございました」


またしても礼を言われたことに罪悪感を覚えながら、顔を上げてください。とイスハークに促す。何度も言うが、魔物を引き寄せた元凶は私かもしれないので、私が自分の尻拭いをしただけなのである。多分だけど。


「こちらのほうこそ、今回は隊商の皆さんに同行させて貰えるとのことでありがとうございます。旅は不慣れなものですから助かります」

「お役に立てて光栄でございます。あまり乗り心地は良くない荷馬車ですが、徒歩よりは早く着きましょう。何か不便があればなんなりと、出来る限りの配慮をさせていただきますゆえ」


大体のルートを地図を指さしながら説明をされてから、馬車に乗り込んだ。大きな荷車は馬が引き、それとは別に数頭の馬に隊商の人間が跨った。その馬たちにもめいっぱいの荷を積んでいて、ちょっと重そうだなあと感想を抱いた。


「ではタビアさん、船長さん。お世話になりました!またいつかどこかで」


イルハムとタビアに別れの挨拶をし、私たちはアルキパテスの王都へと旅立った。



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